誰でもできる!デザイン思考のススメ:製造業のためのUX(ユーザーエクスペリエンス)入門2

誰でもできる!デザイン思考のススメ:製造業のためのUX(ユーザーエクスペリエンス)入門2

著者:株式会社日立システムズ UX推進部 部長 村井 龍生

前編では、カーシェアリングを例にして、モノからコトへのパラダイムシフトの現状を、テレビ開発の例からはユーザー経験価値(UX)からの発想の重要性を示しました。そしてUXを提供するためのデザイン思考は、業種や職種に関わらずあらゆる人々が身に付ける必要があると述べました。

そこで後編では、個人として、あるいは企業として取り組むことができる、デザイン思考を身に付けるためのヒントを紹介します。 

世の中には、UXの創出を手助けしてくれるコンサルティング会社が多く存在します。コンサルタントに依頼することは、新たな事業を創造するなど、大きな局面を迎えている場合はとても有効ですが、毎回彼らに依頼するというのは現実的ではありません。そのため、企業にとっての最大の財産である「人財」を育成することが重要なのです。

1. 「UXを学びたい」と社員に思わせるには

人財育成は企業の活力の源であり、重視すべき重要な課題です。UXに関していえば、コンサルタントと共に実際のプロジェクトに参画し、参加者それぞれが「一人称」つまりは自分ごととして捉えてプロジェクトを推進し、OJTとして身にけるのが最短の方法ではあります。しかしそのような機会は多くないのが現実です。

そこで活用したいのが、多くの企業が実施する社内研修です。私は今、UXの重要性とデザイン思考を基本とした、提案力向上というテーマで社内研修の講師を務めています。受講者は主任クラスが中心で、時には課長や部長も参加します。

当初はUXの概念やテクニックを中心に説明してきました。しかし、その場では理解したかに見えても、実践に生かすまでには至らないことが分かりました。それは結局のところ、「それを自分がやるんだ」という「一人称」として捉えていないからだと分かり、参加者それぞれが、「職場で実践したい」と思わせるにはどうすればよいかを考えました。

そこで着目したのが、「マズローの欲求5段階説」です(図1)。アメリカの心理学者 アブラハム・マズローが提唱した、「人間は自己実現に向かって絶えず成長する生きものである」という理論です。

結局のところ参加者は、自己実現のために教育に参加しているのですから、会社のために必要であることを説いても意味がありません。むしろ、顧客に与えるUX創造を目的としたデザイン思考なモノの捉え方を実践しいかに自己実現に向けて重要なものなのかを説明したことで、参加者全員が自分ごととして捉えられるようになりました。

図1:マズローの欲求5段階説

図1:マズローの欲求5段階説

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2. メールの書き方一つでUXスキルが身に付く?

プロジェクトや研修だけが人材育成の手段ではありません。日々の業務の中でも学ぶべきことはたくさんあります。例えば会議の環境やルールを変えるだけで効果があるというのは意外と知られていないのではないでしょうか。前編で触れた、日立システムズのワークスタイル変革の一環として作った「協創空間」(図2)では、今まで見られなかった現象が起きています。

ホワイトボードを前にして、皆で描き共有する姿が、以前よりも圧倒的に多く見られるようになったのです。誰かが教育したわけでも指導したわけでもありません。自然とそのような状況が起こったのです。前半でも述べましたが、ホワイトボードなどに描きながら進める会議の方が、議論が散漫になりにくく、誰かのアイデアに他者が乗っかることで発展性が生まれます。

図2:日立システムズの「協創空間」

図2:日立システムズの「協創空間」

もう1つ私がこだわって実践しているのは、「分かりやすく伝えること」の実践です。私の部では、自分の考えや企画などをA4用紙1枚にまとめることをルール化しています。これが「デザイン思考=UX創出」と大きな関連があるのです。

「分かりやすく伝える」ためには、相手の立場を理解し、相手は何が知りたいのか、どう伝えれば理解してもらえるのかを考えなければなりません。伝えたいことをA4用紙1枚にまとめるには、端的かつ分かりやすく整理することが必要です。つまり右脳(想像)と左脳(理論)の両方を使うという「デザイン思考」が必要とされるのです。

もっと身近な例としてはメールが挙げられます。近年では、メールでのコミュニケーションが重要な顧客接点であるにも関わらず、相手に伝わりにくいメールが多いのも事実です。相手の立場や状況を理解し、背景や課題、さらにやりたいことを明確に伝えられなければ、読んでいる側のストレスになり、両者にとって無駄な時間を費やすことになってしまいます。

このように、仕事の中で特に意識していない業務においても、UX視点は重要です。常に意識して仕事をすることで、スキルは磨かれていくのです。

3. 誰もが持っているアイデアの種。花を咲かせる方法とは?

アイデアを創出するためには、さまざまな情報を入手し、想像力を働かせることが基本です。日々の生活の中でさまざまな事象を観察し、情報として取り入れ、なぜそれが起きているのか、なぜそうなるのかを想像することから始まります。

ユーザーの表面だけを観察すればよいわけではなく、その奥に隠されているインサイトを見つけることが重要なのです。それらの情報を頭の中の引き出しからいつでも取り出せるように訓練することで、クリエイティブな「デザイン思考」が育つのです。

私は、アイデア発想までの手順を次のように考えています。「経験(情報)」→「想像」→「発想」です。発想までの手順を見ればとてもシンプルに見えます。「私は頭が固くて発想は出ない…」という方もいます。果たしてそうなのでしょうか。

例えばキャンプに行ったとしましょう。たき火をしたものの、トング(挟む道具)を忘れたという状況を想像してください。燃えている木をただ見ているだけでしょうか。恐らく誰もが長い枝を探してくるのではないでしょうか。「長い枝でトングの代用をする」。これもアイデアの1つです。そこには下記のような手順が存在します。 

火は熱い、火から離れれば熱くない、新聞紙を丸めて棒にしてもすぐに燃えてしまう、周りには林が広がっているという「情報(経験)」を基に、短いモノでは熱い、長いモノであれば熱くない、棒のように扱いやすいモノ、すぐに手に入るモノを「想像」します。結果、「木の枝を使う」という「発想」が生まれるのです。

いかがでしょうか。頭が固いという人も、恐らく同じ行動を取ります。自分は頭が固いと思い込んでいると、日頃からさまざまな事柄を意識せず、経験(情報)として蓄積していないため、必要な情報を引き出すことができず、想像から発想に発展しないのではないでしょうか。 

私は、経験(情報)値の量とアイデアの幅は比例すると考えています。1枚の布を想像してください。その真ん中を指でつまみ上げたとします。その高さは、布の大きさに比例するのではないでしょうか。つまり、布の大きさが高さを決めるのです。1枚の布が経験(情報)の多さだと考えると、その高さが想像の幅であり、布の頂点が発想です。経験(情報)の多さが想像力の高さ(幅)を決め、発想力の高さを決めるわけです。

誰もがクリエイティビティの素養を持っており、個々人にその気付きを与えることで、クリエイティビティを高めることができます。日々の生活の中で、今まで以上に人や物事を観察し、経験(情報)として蓄積することで、大きく変われるのです。

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4. リーンスタートアップで価値を探れ

最後にUXを提供するために、企業として取り組む方法を紹介します。どれだけ良い発想が生まれても、それが市場で受け入れられなければ意味がありません。企業としても、そこまでの開発経費が全て無駄になってしまい、大きな損失になることはいうまでもありません。

この解決策としてリーンスタートアップという考え方が存在します。リーンスタートアップとは、仮説の構築、製品の実装、および修正、という過程を迅速に繰り返すことで、無駄な要素を最小限に抑えつつ成功に近づく、という開発手法です(図3)

図3:リーンスタートアップの概念図

図3:リーンスタートアップの概念図

例えば工業製品を開発しようとするときは、模型化するなどの手法があります。しかし模型化でもモノによっては、数十万から数百万円のコストがかかります。いざ完成して、失敗だったとしたら、それが全て無駄になってしまいます。 

リーンスタートアップでは、写真の切り抜きでも、さまざまな部品を集めて組み合わせることでもよいのです。まずはイメージを共有できることが重要と言われており、短時間で相手に伝えることを最大の目的としているため、見た目や手法は問いません。イメージが伝わればよいのです。

例えば画面の使い勝手を検証するならば、紙芝居でもいいでしょう。私は、製品の仕上げについて議論するために、化粧品のビンを買い集めてさまざまな表現技術について議論したこともあります。

それでも十分にイメージできるのがリーンスタートアップのメリットです。こうした手法を用いることで無駄な経費や時間を削減し、精度の高いアウトプットを目指してほしいと思います。

5. さいごに

これからの製造業は、ユーザーのニーズを知るだけでなく、ユーザーのインサイト(直訳すると洞察や見識。潜在的なニーズや行動する背景のこと)を見つけることが重要です。それらを情報として蓄積し、想像力へと発展させる素養を日頃から身に付け、実践できる人財を育成すべきです。「デザイン思考」のできるクリエイティブな人財育成こそが、これからの企業の生命線であるといっても過言ではありません。

著者 村井 龍生(むらい たつお)

株式会社日立システムズ  UX推進部 部長。デジタルマーケティングを実践しつつ、UX思考を持つ人材育成を目的とした社内講師として活動。1989年、株式会社日立製作所入社。デザイン研究所に配属。銀行のATMや券売機など公共製品のデザインに従事。その後日立製作所本社宣伝部に異動。テレビCMの製作担当者として、日立ブランドの醸成を行うとともに、「伝えること」の重要性や技術を学ぶ。新聞広告において電通特別賞を受賞。デザイン研究所に戻った後、コンシューマー製品のデザインに従事。Gマークを始め、さまざまな賞を受賞するとともに、特許も多数取得。2015年より現職。