姿勢と指先に秘密あり!熟練研磨工の試料固定方法:データで伝える!熟練技術者の勘所4

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データで伝える!熟練技術者の勘所

更新日:2017年4月12日(初回投稿)
著者:京都工芸繊維大学 伝統みらい教育研究センター センター長 濱田 泰以

前回は、旋盤加工における熟練技術者のチャッキングと姿勢の関係を解説しました。今回は、熟練技術者が金属組織試料を研磨する際に、研磨試料を固定する姿勢や指先の技に迫ります。

1. 金属組織試料の研磨技術

浸炭焼入れは、炭素含有量の少ない低炭素鋼を900~930℃の温度で加熱し、炭素を浸透拡散させた後、急冷する表面熱処理です。表面は耐摩耗性に優れ、内部はじん性に優れた焼入れ組織が得られます。浸炭焼入れの品質を、外観から判断することは困難です。そこで、金属試験片による、顕微鏡を用いた品質検査を実施します。ここで重要なのは、金属組織試料の表面を熱変性させず、平たんかつ平滑な鏡面仕上げを行うことです。

金属組織試料表面の精密仕上げは、熟練技術者による研磨技術で支えられています。例えば、日本には、航空機メーカーから浸炭焼入れの研磨技術で認定を受けている企業があります。日本以外に認定を受けている企業はありません。今後の国際的競争力の維持のためにも、研磨技能の伝承と技能者育成は不可欠です。しかし、研磨技術者は非常に少なく、さらに体系的に指導することが困難なため、教育はOJT(On-the-Job Training:実務による技術訓練)に頼っているのが現状です。

2. 研磨試料固定方法の測定

京都工芸繊維大学の伝統みらい教育研究センターでは、浸炭試料に着目し、熟練技術者が有する金属組織試料の研磨技術を明らかにするための測定を行いました。不良解析(製品不良の原因特定のための解析処理)のように試料数が限られている場合、確実に研磨を行うため、熟練技術者による手研磨が実施されています。手研磨は、試料を手で把持(はじ:しっかりと握り持つこと)し、回転盤の回転力に対して、指で抵抗しながら、平たんかつ平滑な研磨面を仕上げる手法です。熟練技術者が手研磨を行う際、どのように試料の把持が行われているのかについて、実験を行いました。

実験参加者は、職歴20年の熟練技術者1名、職歴5年と2年の非熟練技術者2名(それぞれ非熟練技術者A、非熟練技術者Bと呼びます)の合計3名です。実験に使われた研磨対象試料は、鉄鋼材料のSAE9310(AMS6265)です。形状はギア(ピッチ径:24.5mm)とし、研磨の前工程である熱間包埋(ほうまい:鉄鋼材料に樹脂を埋め込むこと)まで終了した状態としました。包埋樹脂の外径は30mm。包埋に使用した樹脂は、試料の縁垂れを軽減するために、エポキシ樹脂にフィラーが含まれたデュロファストを用いました。

実験参加者には、研磨に要する時間や圧力の指定は行わず、通常の方法で作業を行ってもらいました。静電容量圧力センサを、試料を把持する手の親指、人さし指、中指、薬指に取り付け、指先に負荷される圧力を測定しました。また、作業の様子をビデオカメラで撮影しました。

3. 熟練技術者と非熟練者の研磨試料把持の比較

研磨中の姿勢

図1に、熟練技術者と非熟練技術者の研磨中の姿勢を示します。熟練技術者は、体幹を直立させ、肩・肘関節を軽く外転させていました。手関節は掌屈位(手のひら側に曲げた状態)です。上肢全体が安定し、固定されていました。一方、非熟練技術者は、体幹を屈曲させ、肩を外転させていました。手関節は背屈位(手のひらの反対側に曲げた状態)、指先に力が入った状態で、試料を回転盤に押し付ける様子が観察されました。

図1:研磨中の熟練技術者と非熟練技術者の姿勢

図1:研磨中の熟練技術者と非熟練技術者の姿勢

研磨中の試料把持方法

図2に、熟練技術者と非熟練技術者の研磨中の試料把持方法を示します。熟練技術者は、親指を1点とし、反対側を他の3指の3点で支持していました。一方、非熟練技術者は、熟練技術者よりも人さし指、中指、薬指の位置が近くなっていました。

図2:熟練技術者と非熟練技術者による研磨中の試料把持方法

図2:熟練技術者と非熟練技術者による研磨中の試料把持方法

各指の荷重割合

表1に、熟練技術者と非熟練技術者の各指の荷重割合を示します。

表1:各指の荷重割合
  熟練技術者 非熟練技術者A 非熟練技術者B
親指 44.8% 32.1% 4.1%
人差し指 12.8% 56.8% 19.1%
中指 42.1% 10.3% 75.6%
薬指 0.3% 0.8% 1.2%

熟練技術者は、親指、中指、人さし指、薬指の順で荷重をかけていました。親指と中指は高値を、人さし指と薬指は低値を示し、親指と中指の割合は非常に近い値でした。非熟練技術者Aは、人さし指、親指、中指、薬指の順で、非熟練技術者Bは、中指、人さし指、親指、薬指の順で荷重をかけていました。非熟練技術者は、いずれかの1指のみが高い値を示していました。

4. 熟練技術者による研磨試料把持の分析

熟練技術者の試料の把持は、それぞれの指を対角線上に位置させ、4点で支持していました。人間の手は図3に示すようなアーチ形状を成し、対立が効果的に行える機能を有しています。

図3:手のアーチ

図3:手のアーチ(引用:A.I.Kapandji、塩田悦仁、カラー版カパンジー機能解剖学I上肢原著第6版、医歯薬出版、2006年、P.205)

特に親指と中指は、他の3指よりも対立の作用を効果的に行うことが可能です。この結果、親指と中指の対立は、強い力を発揮することができます。熟練技術者は、親指と中指でしっかり試料を把持しながら、試料を真下に押し付け、回転盤の遠心力に対して人さし指と薬指で左右から支えながら研磨を行っていると解釈できます。

これらの結果より、熟練技術者は体幹を直立させ、親指と中指に同程度に高値の圧力をかけながら、試料を把持していたことが分かりました。非熟練技術者も、熟練技術者の姿勢と把持方法をまねることで、技能上達の時間を短縮できるでしょう。

いかがでしたか? 今回は、精密研磨加工における熟練技術者の姿勢と把持方法を分析しました。次回は、試作車の板金加工に携わってきた職人の技術を解明します。お楽しみに!

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