旋盤加工歴70年の熟練工、何か違うのか?:データで伝える!熟練技術者の勘所2

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データで伝える!熟練技術者の勘所

更新日:2017年2月14日(初回投稿)
著者:新居浜工業高等専門学校 機械工学科 教授 吉川 貴士

前回は、技術伝承のためにデータ活用が有効であることと、伝統工芸での京金網の職人技のデータ化の事例を紹介しました。第2回と第3回は、製造業の事例として、旋盤加工における熟練技術者の動作、製品、意識のデータ化を見ていきます。

1. 製造業における旋盤加工の位置付け

モノづくりの現場では、CNC(コンピュータによる数値制御)の装置が普及し、大量生産のための加工を支えています。一方で、加工条件が決まっていない新製品や新素材、または単品加工も依然として存在し、人が操作を行う汎用普通旋盤技術の重要性は減ってはいません。目、耳、匂い、手触りなど人の感覚を駆使して、最適な加工条件を見いだしていかねばなりません。

この重要な旋盤加工について、いかに技術伝承をしていくか、これまでにも数多くの試みがありました。しかしながら、伝統工芸と同様に非常に困難です。その要因には、熟練技術者が重要なコツを無意識で行っていたり、加工対象や条件(被削材の材質・形状・仕上げ粗さなど)が多岐にわたることが挙げられます。

このような背景の中、旋盤加工の技術をどのようにデータ化していくか、旋盤加工歴70年を超える熟練技術者と、旋盤加工を学んでいる学生の製作工程や加工物の差異を分析しました。

図1:汎用普通旋盤

図1:汎用普通旋盤

まずは、今回の旋盤加工の手順とポイントをおさらいします。旋盤加工になじみの無い人方は、こけしやバットを1本の木材から削り出す作業をイメージすると、理解しやすいでしょう。旋盤加工おいて、最も重要なポイントはバイト(刃物)と被削材との位置関係です。すなわち、バイト刃先と被削材との高さや角度、切り込み量、送り速度などが、製品に大きな影響を与えます。それ以外に、工具の配置、チャッキングによる被削材の芯出し、バイトの選択、回転数、計測方法なども影響します。

2. 旋盤加工の動作のデータ化(立ち位置)

熟練技術者の動作解析の意味

熟練技術者の三次元動作解析は、何を示すのでしょうか? 腰の位置の変化や肘の角度変化などの値は、人による個性があり、個体差(身長、利き手など)により異なります。同じ人でも、旋盤のサイズや工具、さらには被削材の最終形状などが異なれば、絶対値は異なります。しかし、これらの条件が同じであれば、ほぼ同じ身体部位の軌跡を示し、一定の値に収束していくことが明らかとなっています。今回の旋盤加工の熟練技術者も80歳という高齢でありながら、若い頃時以上の効率(短時間、少ない疲労、小さな力など)で加工を行います。最適な動作を体得しているといえるでしょう。

加工中の立ち位置の解析

まず、熟練技術者と学生とで大きく違うのは、加工中の立ち位置(スタンス)です。図2は、切削中の熟練技術者と学生の姿勢の写真です。熟練技術者の場合、頭部の位置が両足の間にあるため、けい部以下の重心と近く、長時間同じ姿勢で加工を行うことができます。また、全体的に左半開きの姿勢です。両足の開き具合よりも、腰のひねりの方が大きく、腰のひねりよりも肩のひねりの方が大きく、らせん状に身体を回転させています。こうすることで、切削部位を45度方向から眺めることができ、さらに切りくずや跳ねた切削油が当たらないようになっています。また、らせん状の身体のねじりは、身体の一部への過度の負担がかからない合理的な姿勢でもあります。さらに、この姿勢であれば、チャック台の上の計測工具を立ち位置を変えずに手に取ることができ、非常にスムーズに長時間の加工を行うことができます。一方の学生は、腰への負担が集中していることが分かります。

図2:熟練技術者と学生の加工中の姿勢

図2:熟練技術者と学生の加工中の姿勢

この例から、動きは人によって多少違うものの、「なぜ、熟練技術者はそのような動きをするのか?」という観点で、変化のタイミングや導線を考察することが重要です。より小さな力で、より少ない身体的負荷で加工を行うためのノウハウがあるからです。「あるべき動作」のバイブルとしてではなく、「作業が非常に疲れる」「チャッキング操作で肩が痛い」などと悩んだときに、ぜひ、自分の動作が、熟練技術者とどう違うのかと考えてみてください。

3. 旋盤加工の製品のデータ化(表面粗さ)

伝統工芸品の場合、職人が作る製品の評価は、データ化が難しい、感性的な色あい、風味、香りなどです。しかし、工業製品の評価は、計測可能な寸法(図面指定値)、機械的性質(硬さ、強度など)などで、比較的データ化がしやすいといえます。

旋盤加工製品の仕上げ精度

旋盤加工製品の表面粗さは、光沢などの見た目を左右し、部材の性能発揮のためにも重要な要素です。ただ、表面粗さの精度が指定よりも高すぎる場合、もちろん検査はクリアするものの、コスト的にはバイトの交換や仕上げ工程の増加によりデメリットとなります。つまり、いかに無駄なく仕上げるかが重要です。

実際に、熟練技術者と学生が加工した製品の表面粗さの違いを見ていきます。図3加工図面に従って、S45Cの材料を加工した後に、(ア)~(オ)の部分の面粗度を計測しました。その結果が図3の右のグラフです。熟練技術者の場合、加工の位置により粗さが異なっています。図面により指定された表面精度を、感覚で仕上げていることが分かります。匠の技といえるでしょう。一方、学生の場合、均一かつ最も精度の良い状態であることが分かります。非熟練者は、出荷前の検査で差し戻されないように、無難に細かい面粗度に仕上げることが多いのです。

図3:加工図面と、熟練技術者と学生による加工製品の面粗さ

図3:加工図面と、熟練技術者と学生による加工製品の面粗さ

4. 旋盤加工の意識のデータ化

旋盤加工時の意識調査

熟練技術者にヒアリングを行う中で、加工に対する意識の差が加工物に反映されているのではないかと思うことがよくありました。そこで、熟練技術者7名と、機械系学生の49名、教育機関の実習工場の技術職員(以下、教員)6名に対して、加工時の意識について、アンケートを実施しました。

表1:加工時の意識に関するアンケート項目
大項目 小項目
設問1
チャッキング
作業について
1. チャック部や芯押し台が加工時の邪魔にならないように取り付ける
2. 被削材のチャック部分(加え込み)の長さ(主分力に負けないように)
3. しっかり強く固定する(深い切り込みでも空回りしないように)
4. 適切な固定力(材質により締める力の加減)
5. 被削材の軸芯を水平に保つように取り付ける
6. 切削抵抗に被削材が逃げないようにチャック部からの長さ
設問2
加工中の計測
について
1. 丁寧に正確に測定する
2. 早く測定する
3. 測定回数を少なくする
4. 測定がしやすいように立ち位置や持ち方を考える
5. 強い力で挟まないようにする(ノギスの場合)
6. ノギスを測定物から抜くときに傷をつけないようにする
7. ノギスとマイクロメーターの測定では、特に意識(区別)していることがある
設問3
仕上げ加工
について
1. 図面のRa値など数値を意識して、回転数や送りを変化させている
2. 指定のRa値以上にするため、できるだけきれいに仕上げることを心掛けている
3. Ra値より▽記号相当を意識して加工している

すると、熟練技術者と学生では、被削材のつかみ方や固定力に対する意識の有無が明らかになりました。また、熟練技術者と教員でも、加工物を傷つけないといった点や、図面の面粗さへの意識の違いがありました。

図4は、設問1-2:加工時にくわえ込みの長さを意識しているか、設問1-6:加工時にチャック部からの長さを意識しているかの結果を示しています。被削材のつかみ方に対して、熟練技術者と教員は意識していますが、学生の意識は低いことが分かります。学校実習では、直径が十分大きく、長さが比較的短い被削材のみを用いるために、学生がチャッキング力に注意を払う機会がないからでしょう。よって、生産現場の新人研修では、この点に注意を払う必要があるといえます。

図4:設問1-2:加工時にくわえ込みの長さを意識しているか、設問1-6:加工時にチャック部からの長さを意識しているかのアンケート結果

図4:設問1-2:加工時にくわえ込みの長さを意識しているか、設問1-6:加工時にチャック部からの長さを意識しているかのアンケート結果

図5は、設問1-4:加工時に、素材に応じた適切な固定力を意識しているかの結果です。熟練技術者や教員は、誰もが意識しているにもかかわらず、学生はわずか2割程度しか重要と意識していません。一般的に教育現場は安全を優先し、しっかりと力強く被削材を固定するように指導していることが要因でしょう。例えば、生産現場での新人研修では、さまざまな材質や大きさの被削材に対し、常に適正なチャッキング力を判断する経験をさせることが有効といえます。

図5:設問1-4:加工時に、素材に応じた適切な固定力を意識しているかのアンケート結果

図5:設問1-4:加工時に、素材に応じた適切な固定力を意識しているかのアンケート結果

図6は、設問2-6:加工中の計測時に、ノギスが被削材に傷を付けないよう意識しているかどうかの結果です。この項目は学生のみならず、教員も意識が低いことが明らかとなりました。教育現場では加工方法に重点を置き、製品価値を重要視していないためでしょう。生産現場の新人研修では、寸法公差以内でも傷があれば返品の可能性があり、無駄になることを伝える必要がありそうです。

図6:設問2-6:加工中の計測時に、ノギスが被削材に傷を付けないよう意識しているかどうかのアンケート結果

図6:設問2-6:加工中の計測時に、ノギスが被削材に傷を付けないよう意識しているかどうかのアンケート結果

図7は、設問3-1:仕上げ加工時に、回転数や送り速度に対する図面のRa値(面粗さ)を意識しているかどうかの結果を示しています。これも、学生と教員の意識が低いことが分かります。仕上げ精度に対する教育現場の意識が低いため、表面粗さを考慮した送りの決定について指導がされてない状態といえます。実際、学生の加工物の面粗度は、全ての面がRa1.5以下であり、必要以上に表面性状が良い状態でした(図3)。必要以上の表面性状は加工時間を増加させ、工具の交換時期を早め、コストの増加に直結します。今後は、教育現場でも、理論粗さから送りを計算して、加工するような指導が必要といえそうです。

図7:設問3-1:仕上げ加工時に、回転数や送り速度に対する図面のRa値(面粗さ)を意識しているかどうかのアンケート

図7:設問3-1:仕上げ加工時に、回転数や送り速度に対する図面のRa値(面粗さ)を意識しているかどうかのアンケート

以上のように、熟練技術者、学生、教員の旋盤加工時における意識の違いが明らかになりました。一般には経験によるところが大きいものの、研修などの技術伝承時の指導方法を工夫することで、改善できることも多いようです。今後は、生産現場と学校などの教育現場との連携も必要でしょう。

今回は、旋盤加工における熟練技術者の動作、製品、意識のデータ化を取り上げました。次回も旋盤加工の事例です。熟練技術者の身体の使い方に切り込んでいきます!

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