人材不足の危機を救う?データによる技術伝承:データで伝える!熟練技術者の勘所1

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データで伝える!熟練技術者の勘所
更新日:2017年1月31日(初回投稿)
著者:京都工芸繊維大学 伝統みらい教育研究センター センター長 濱田 泰以

モノづくりでは、勘所という言葉がよく使われます。肝心なところや急所といった意味で、熟練技術者は、この勘所を持っています。従来、この勘所は、長期間をかけて上司や先輩の元で仕事をすることで、学んだり、身に付けたりするものでした。

 

しかし今、モノづくりの現場では、人材が不足し、即戦力化を求められています。この勘所を、より早く、より多くの人がつかめるような環境を整えねばなりません。そこで有効なのが、熟練技術者の勘所のデータ化です。本コラムでは、その方法と事例を全6回シリーズでご紹介します。

1. 効率的な技術伝承のポイントとは?

日本の製造業や伝統工芸を支えるのは、熟練技術者や職人(匠)です。これらは、機能や美観に優れた製品を産み出しています。彼らの勘所や技を、効率的に伝承するには、どうしたらよいのでしょうか?

 

一昔前に、モノづくりの現場の様子をビデオ撮影するデジタルアーカイブが流行しました。しかし、この方法では「こうしてモノを作るんだ」ということは分かるものの、実際のモノづくりには役に立ちません。なぜなら、自分がどのように手を動かし、力を入れて、どこを見ればよいのか、そして、その理由を理解できないからです。

 

つまり、勘所や技の伝承で必要なのは、熟練技術者の動きをその理屈も理解して実践することです。伝承の効率化のためには、この実践に必要なデータベースを作るのが有効です。データベースは、モノづくり玉手箱と呼ぶこともできます。さまざまな技術や技のデータを蓄積していくことで、とある分野のデータが、別の分野の技術伝承のヒントとなることもあるでしょう。ポイントは、分野が違えども、理由や理屈は共通ということです。

 

2. 京都工芸繊維大学の伝統みらい教育研究センターとは?

京都工芸繊維大学伝統みらい教育研究センターは、2005年に設立されました。目的は、伝統産業に内在する暗黙知を科学技術の力で形式知化し、新しいモノづくりを創成し、日本のみらいを切り拓くことです。当初は、伝統工芸を中心に、京弓(柴田勘十郎氏)、漆・蒔絵(下出祐太郎氏)、京壁(佐藤ひろゆき氏)、京瓦(浅田晶久氏)、京金網(辻賢一氏)のモノづくりのデータ取りを行いました。その後、鼓の紐である調べ緒(山下雄二氏)、包丁研ぎ(飯聡氏)、旗金具(仁科雅晴氏)と分野を広げていきました。

このような活動の中、センターが注目しているのは高品位です。モノづくりにおいて、機能の高さや使いやすさは当たり前であり、時代を超えて愛される製品は高品位との認識からです。そして、製造業などの加工技術、介護などのサービス領域へも、センターの活動領域は広がっています。

3. モノづくりのデータ化の事例:京金網の職人技

モノづくりの勘所や技の継承に貢献するデータベース(モノづくり玉手箱)を作るために、どのような情報や測定が必要なのでしょうか。京金網の職人辻賢一氏の豆腐すくいを例にして、見ていきます。図1は、辻氏作成の豆腐すくいです。豆腐に優しく接し、さびにくく、亀甲模様が美しい京の逸品です。日本の針金を、全て手でねじりながら亀甲模様を作成しています。

京金網の豆腐すくい

図1:京金網の豆腐すくい

この職人技を継承する場合、最初に必要なデータは、職人の指の動き(動作解析)、目の動き(眼球運動解析)、力の入れ方(把持力測定)です。実際の測定は、図2に示すように、職人の体に動作解析のためのマーカーを付けます。職人を囲む複数台の赤外線カメラが、マーカーを撮影します。

職人の動作解析の様子

図2:職人の動作解析の様子

そして、マーカー点の三次元座標値を追跡します。2回、測定をしたところ、職人の左手指は、図3の緑と青色の軌跡を描きました。速度や加速度を含む、必要な項目は数値データを取得していたり算出したりもできるので、左手指の動きの特徴を具体的に捉えることができます。

職人の左手指の軌跡

図3:職人の左手指の軌跡

目の動きは、図4の眼球運動測定装置を使います。最近はさらにコンパクトな装置も発売されています。この装置では、職人が作業中に見ている場所を測定することができます。

職人の眼球運動測定の様子

図4:職人の眼球運動測定の様子

非熟練者が豆腐すくいを作成した場合、視線は一定ではありません。目がふらついており、いろんなところを見ていました。それに対して、職人は、金網をねじっている箇所に視線が集中していました。非熟練者への教育では、「作業をしている手元を見ておくこと」といったアドバイスが有効と予想されます。ちなみに、京金網の職人辻賢一氏は、金網の一列を編む間にまばたきをしません。一点に集中して見ることの重要性が理解できます。また、職人が作業を評価する際の目の動きも、測定することができます。京金網の職人は、金網づくりの最終部分に注目していました(図5)。ここがうまくできていると、最初を見なくても大丈夫だそうです。

職人の作業評価時の目線の動き

図5:職人の作業評価時の目線の動き

指の力の入れ方は、把持力測定装置を使います。その他、押し付ける力の測定は、フォースプレートという板状の測定装置を用います。図6に、職人と非熟練者の右手人差し指の把持力測定の結果を示します。2人の違いが一目瞭然です。

職人と非熟練者の把持力測定の結果

図6:職人と非熟練者の把持力測定の結果

この事例のように、さまざまな測定装置を組み合わせて、モノづくりの技能伝承に必要なデータを取得することができます。そして、データベース(モノづくり玉手箱)を作っておけば、いつでも開いてみることができます。熟練技術者が若手に教育する場合にも、このようなデータを用いて比較しながら説明すれば、納得も得られやすいでしょう。結果として、若手の技術習得が早くなるはずです。

いかがでしたか? 今回は、モノづくりの効率的な技術伝承と、伝統工芸でのデータ化の事例を解説しました。次回以降は、製造業でのデータ化の事例を紹介していきます。お楽しみに!

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