高真空・超高真空の作り方:真空の基礎知識3

真空の基礎知識

更新日:2019年3月22日(初回投稿)
著者:大阪市立大学大学院 工学研究科 准教授 福田 常男

前回は、低・中真空の作り方を説明しました。今回は、高真空・超高真空領域の特徴と真空ポンプを解説します。第1回で述べたように、10-1Pa以下の高真空・超高真空領域では、ガス分子の平均自由行程が長くなり、分子同士がほとんど衝突しない分子流領域になります。そのため、ガスの熱伝導や粘性が圧力の減少とともに低下します。この圧力領域は真空断熱などに用いられます。また、物質を高温で気化させて基板上に堆積させ薄膜を作ることや、表面の分析にも用いられます。

1. 高真空・超高真空の基礎知識

10-1~10-5Paを高真空、10-5Pa以下を超高真空といいます。10-9Pa以下を極高真空と呼ぶこともありますが、ほとんどの場合、第1回で説明したクヌーセン数Kn>10を満たすため、この圧力範囲では分子流領域になります。分子流領域では、真空容器の中のガス分子は、他の分子と衝突することなく容器の壁から反対の壁に到達します。ガスの熱伝導や粘性は、1秒間に壁に衝突するガス分子の数に比例し、ガスの圧力にも比例します。

実際に壁に衝突するガスの分子数を考えてみましょう。1秒間に単位面積の壁に衝突するガス分子の数を入射頻度といいます。20℃の空気の場合、圧力をp(Pa)として入射頻度はΓ=1.0×1018p(個・cm-2・s-1)です。ほとんどの物質では、表面の原子は1cm2当たり1014個程度なので、壁に衝突したガス分子が全て表面にとどまるとすると、圧力がp≈10-4Paでは1秒程度で表面を覆い尽くすことになります。つまり、物質の表面をいくら清浄にしても、10-5Pa以下の超高真空にしておかないと、真空容器に入れた材料の表面は短時間で残留ガスによって覆われてしまいます。これは物質を気化させて基板に薄膜を作り、物質の極表面を分析する場合に問題になります。

中真空から高真空・超高真空にかけての真空排気を考えます。図1は、高真空での排気曲線です。点線は理想的な排気曲線を表します。実線は、排気曲線が排気の時、定数で決まる指数関数的な圧力変化(図の点線)からずれて、時間とともにゆっくりになることを表します(第2回参照)。これは、中真空以下の低い圧力の領域では、真空排気は真空容器内の空気を排気するのではなく、主に容器の壁に吸着している水を排気するためです。

図1:高真空での排気曲線

図1:高真空での排気曲線

水は、私たちの日常生活に欠かせない物質です。大気中にもかなりの水分子、つまり水蒸気が含まれています。真空容器を大気に開放すると、この水分子が真空容器の内面に吸着します。容器を真空排気すると、容器内のガスは速やかに排気されます。しかし、壁に吸着している水は徐々に真空容器内で蒸発するため、排気に時間がかかります。よって、高真空や超高真空に早く到達するためには、壁に吸着した水を速く蒸発させることが有効です。そこで、真空容器の温度を上げるベーキング操作を行います。ベーキングの温度は高い方が良いですが、容器に使われている材料(ゴムのシールなど)の耐熱温度に制限されます。また、真空中では熱伝導が良くないので、真空容器の中に置かれた部品などの温度が上がるのには時間がかかります。よって、必要とする到達圧力によってベーキングの温度や時間を決める必要があります。

表1は、高真空・超高真空で用いられる真空ポンプの作動圧力範囲を示します。高真空・超高真空を得るためには、ここに示すような運動量輸送式と気体ため込み式の真空ポンプが用いられます。いずれの真空ポンプも大気圧から使用することはできないため、作動できる圧力範囲になるまで補助ポンプを用いて排気する必要があります。これを粗引きといいます。

表1:高真空・超高真空で用いられる真空ポンプの作動圧力範囲

表1:高真空・超高真空で用いられる真空ポンプの作動圧力範囲

2. 運動量輸送式の真空ポンプ

高真空・超高真空でよく使われる真空ポンプをいくつかご紹介します。図2は、ターボ分子ポンプの概略図です。ターボ分子ポンプは、同心軸の周りに回転する動翼と固定された静翼が交互に並んだ構造をしています。ターボジェットエンジンのタービン翼に似ていることからターボ分子ポンプと呼ばれるようになりました。動翼は、1分間に18,000~90,000回で高速回転していて、動翼の線速度はガス分子の速度に近い数百m/sに達します。

図2:ターボ分子ポンプ

図2:ターボ分子ポンプ(引用:日本真空協会関西支部編、わかりやすい真空技術(第2版)、1998年、P.101)

図3は、動翼と静翼のターボ分子ポンプの排気原理の模式図です。図の上から入ったガス分子(赤丸)は左向きの線速度を持つ動翼の下面に衝突します。ポンプの翼はミクロに見ると凹凸があるのと、動翼の表面に衝突した分子が少しの間表面にとどまるため、衝突したガス分子は飛来した方向に関係なくランダムな方向に飛び出していきます。このとき、図の赤い部分より青い部分の方が広いので、動翼に衝突したガス分子は全体として下に流れていくことになります。動翼から飛び出したガス分子は、熱運動の速度(図の赤の矢印)に加えて動翼の左向きの速度(図の青の点線の矢印)を持っているので、静翼の下面にのみ衝突します。このときもまた、下側が広く空いているため分子はさらに下に流されます。一般的なターボ分子ポンプでは、このような動翼-静翼が10段程度組み合わされています。このような排気原理のため、ターボ分子ポンプが真空ポンプとして作動するには、動翼の線速度がガス分子の速度と同程度である必要があります。もし、動翼の回転が遅いと線速度も小さくなるため、今度は動翼の上面側にも分子が衝突します。その場合、図の上側が広く空いているのでガスは上向きに流れてしまいポンプの作用をしなくなります。

図3:ターボ分子ポンプの排気原理

図3:ターボ分子ポンプの排気原理

図4は、ターボ分子ポンプの排気速度の圧力依存性の例です。ターボ分子ポンプは10-1Pa程度から超高真空まで排気速度が一定で優れたポンプです。ただし、水素やヘリウムといった特に軽い気体の場合、分子の速度が速いために排気速度が低下する傾向があります。また、圧力が高い粘性流領域では、ガス分子同士が衝突して排気の妨げになり、ガスの粘性でモータへの負荷が大きくなって回転速度が落ちます。ターボ分子ポンプは、分子流領域でしか作動しないため、大気圧から排気するためには補助ポンプが必要です。そこで、第2回で説明した油回転ポンプを一般的に使用します。比較的到達圧力が高いドライポンプと組み合わせるために、図2で示したような、ターボ分子ポンプの高圧側にねじ溝構造の分子ドラッグポンプを設けたポンプが多くなりました。

図4:ターボ分子ポンプの排気速度の圧力依存性

図4:ターボ分子ポンプの排気速度の圧力依存性(引用:真空技術基礎講習会運営委員会編、わかりやすい真空技術(第3版)、日刊工業新聞社、2010年、P.97)

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3. 気体ため込み式の真空ポンプ

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