前回は、堤防と水防活動について解説しました。これまで述べてきたように、堤防の決壊は、沿川住民の生命と資産に多大な被害をもたらします。堤防は、越水しない十分な高さを確保するように、過去の降雨・洪水の統計データをもとに築造されます(第3回)。堤防決壊の原因として、最も多いのは越水による決壊です(第4回)。しかし近年、気候変動が原因と思われる豪雨増加が顕著に認められるようになり、計画高水位を超える洪水も頻度の増加が予想されています。そのため、たとえ洪水が越水しても耐えられる強い堤防が望まれるようになりました。最終回である今回は、そのような強い堤防として新しく造られている超規格堤防(スーパー堤防)と粘り強い河川堤防について解説します。
1. 強い堤防とは
堤防が洪水防御の機能を果たすために要求されるのは、高さと幅が適正であること、そして、土構造である堤防が洪水の越水や浸透に対して十分な強度を持っていることです。後者の、堤防内部の土質構造について図1に示します。堤防は土を材料として築造されます。その理由の一つは、計画対象の洪水の規模が増大したとき、土を盛り加えることで嵩(かさ)上げできるからです(第1回)。

しかし、図1から分かるように、堤防は大洪水のたびに過去に嵩上げが何度も行われており、築堤履歴も複雑・不明確で、堤体への洪水の浸透に対する安全性は不確実です。そのため、堤防の裏のり面に漏水などが発生すると、水防団による堤防決壊防止の水防活動が行われます(第5回)。とはいえ、水防活動にも限界があり、堤防そのものを強くすること、特に越水に対しても強くすることが求められるようになってきています。
昭和61年(1986年)、国土交通省の河川審議会は、「超過洪水対策及びその推進方策はいかにあるべきか」について答申しました。超過洪水とは、計画規模および計画洪水流量を超える洪水です。これは、堤防を越水する洪水に対して何らかの治水対策を行うことを意味しています。その対策の一つとして提案されたのが、超規格堤防(スーパー堤防)です。超規格堤防とは、堤防の高さに対して、幅が通常の堤防の約30倍ある堤防です。そのため、たとえ越水しても堤防の決壊を免れることができます。
また近年、気候変動が原因と思われる豪雨の増加、洪水による被害の頻発化、激甚化が懸念されています。令和元年(2019年)の台風19号では、全国で142か所の堤防決壊が発生し、そのうち122か所が越水による決壊と推定されています。そのため、越水しても持ちこたえられる粘り強い河川堤防が検討され、その新しい堤防に関する技術開発が開始されました。
2. 堤防の新しい技術
堤防の新しい技術として、高規格堤防と粘り強い河川堤防について説明します。粘り強い河川堤防は、表面被覆型と自立型に分類されます。
・高規格堤防
高規格堤防は、堤防幅が広いために、超過洪水時において越水・浸透・侵食による決壊を防止し、壊滅的な被害を免れることができます。また、地震についても液状化などによる大規模な損傷を避けることができます。高規格堤防の断面を、整備前と整備後について、図2に示します。

さらに、高規格堤防の利点として、洪水対策だけではなく、まちづくりの観点から住民の居住環境を向上させることもできます。市街地再開発や区画整理を同時に実施することにより、木造住宅密集地域や道幅の狭い道路などの問題を解消し、住民と共同して良好な住環境を創出することができます(図3)。

高規格堤防について、全てが連続的に完成しなければ機能を発揮しないという意見もあります。しかし、氾濫区域の一部でも整備されれば区域の堤防決壊リスクは軽減し、また災害時には周辺住民の避難場所、被災者救援活動の基地としての役割も担います。
ただし、高規格堤防建設の課題として、工事期間が長いこと、そして建設コストが高いことが挙げられます。そのため、国土交通省内において検討会を設置し、「高規格堤防の効率的な整備の推進に向けて」という提言をまとめています。そこでは、高規格堤防の意義を関係住民と共有し、住民の負担の軽減や投資効率性に関する議論がなされています。
高規格堤防は、工事期間や高コストという課題があるため、実施対象地域は限定されています。人口・資産が高密度に集中する首都圏・近畿圏の低平地、いわゆるゼロメートル地帯です。土地が海水面より低いため、堤防が決壊すると自然排水が困難になり、浸水が長期化します。避難場所となる高台もないため、人的・経済的被害は甚大なものとなります。例えば、対象の一つである東京都江戸川区には約70万人が居住しており、しかも、区の面積の約70%が海水面下にあります。堤防決壊を回避できる唯一の手法が、高規格堤防です。高規格堤防の整備区間は、当初、堤防決壊による甚大な被害が予想される約870kmでしたが、現在では荒川、江戸川、多摩川、淀川、大和川の5水系5河川におけるゼロメートル地帯などの約120kmが整備区間に絞りこまれました。
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3. 河川堤防の今後
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