量子コンピュータ開発の実態:量子コンピュータの基礎知識6

量子コンピュータの基礎知識

更新日:2022年8月25日(初回投稿)
著者:東京大学 大学院 工学系研究科 物理工学専攻 准教授 武田 俊太郎

前回は、量子コンピュータのハードウェアの開発状況や課題について説明しました。今回は、最終回です。著者が取り組んでいる光方式の量子コンピュータ開発の現場を紹介します。

1. 光量子コンピュータとは

前回、量子コンピュータには、超伝導回路、イオン、半導体、光などさまざまな開発方式があり、まだどれが本命か定まっていないことを述べました。この中で、著者が取り組んでいるのは、光方式です。これは、光の量子である光子を使って計算を行う方式です。

光方式には、特有の強みがあります。まず、光方式は他の方式で必要な大がかりな冷却装置や真空装置が不要で、実用性が高いことが挙げられます。通常、量子はとても外乱に弱いため、熱雑音がなく、余計な原子や分子がいない、低温・真空環境を作る必要があります。しかし、光子はそのような環境にしなくても情報を保っていられるという、外乱に強い特徴があります。

また、光子は光ファイバを用いて遠くに送ることができるので、量子コンピュータ同士で通信がしやすいという利点もあります。将来、量子コンピュータが実現すると、現代のインターネットの量子版ともいえる「量子インターネット」で相互接続され、量子ビットの情報をやり取りするという未来が考えられています。量子ビットの情報を移動させ、遠くまで運べる量子は光子だけなので、量子インターネットには光が使われます。従って、量子コンピュータ自体も光方式なら相性が良いのです。つまり、光で量子コンピュータを作ることができれば、常温・大気中で動き、通信までできる、オールマイティーな量子コンピュータが実現できます。

著者は現在、光方式の中でも、独自の方式で量子コンピュータ開発を進めています。光子は、空間を光の速度で移動します。そこで、光子の通り道となる光の回路を作り、そこを光子の量子ビットが通り抜けることで計算が行われます。従来は、計算に大規模な光回路が必要になる点がネックとされていました。そこで私たちは、「ループ型光量子コンピュータ」という方式を独自に発明しました。光をループさせて同じ回路を繰り返し使えば、必要最小限の光回路で量子コンピュータが作れることが分かったのです。私たちはこの方式で、日本発・世界初の実用的な量子コンピュータを目指して研究開発を進めています。光の量子コンピュータは、他の方式に比べればややニッチな方式であるものの、高いポテンシャルがあり、日本が世界をリードできる分野だと私は確信しています。

2. 開発現場の最前線

私たちの開発装置を紹介しましょう。量子コンピュータの一見洗練されたイメージの裏には、地味で泥臭い技術開発があることが分かるはずです。また、量子コンピュータは、あと数年でできるような代物ではなく、研究開発は険しい山を登り始めたばかりだということが実感できると思います。

図1は、著者が開発している光量子コンピュータの実験装置です。4.2m×1.5mの光学実験用テーブルの上に光回路を作り、計算の機能を評価しています。これだけの規模の光回路を使って、ようやく数量子ビットの計算を試している状況です。

図1:光量子コンピュータの実験装置(全体像)
図1:光量子コンピュータの実験装置(全体像)

図2は、このテーブル上の光回路をクローズアップした写真です。さまざまな部品が乱雑に入り混じって並んでいます。レーザポインターの光を思い浮かべると分かるとおり、光は何もなければ、真っすぐ直進します。そこで、テーブル上に鏡を置いて反射させることで光の進む向きを変えたり、特殊な結晶を置いて光子1個を作り出したり、さらには光子同士を干渉させたりして、光の計算回路を作っています。

図2:光量子コンピュータの実験装置(テーブル上)
図2:光量子コンピュータの実験装置(テーブル上)

このテーブル上には鏡が500枚以上あり、一つ一つ手作業で設置しています。鏡の角度や位置の調整には、最終的に100万分の1mm程度の精度が必要です。空気の振動や温度変化によっても計算に狂いが生じ、回路を進む途中で光子が吸収や散乱によって消えてしまうと計算は失敗です。現状では、さまざまな要因が積み重なり、簡単な計算を行うだけでも80~90%の精度しかありません。将来的にはこれを100%近くにまでする必要があります。もっとたくさんの量子ビットを使い、もっと高い精度で計算をするにはどうすれば良いのでしょうか? 答えは誰にも分かりません。しかし、アイデアを出し合い、一つ一つ技術的課題を克服し、前進していきます。

3. 今後の展開

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