量子コンピュータ入門:量子コンピュータの基礎知識1

量子コンピュータの基礎知識

更新日:2022年4月21日(初回投稿)
著者:東京大学 大学院 工学系研究科 物理工学専攻 准教授 武田 俊太郎

量子コンピュータは、次世代のコンピュータとして近年注目され、世界中で激しい開発競争が繰り広げられています。しかし、量子コンピュータという名前は聞いたことがあっても、その正体はよく知らないという読者も多いでしょう。本連載では、量子コンピュータを実際に開発している立場から、全6回にわたり量子コンピュータの基礎知識を解説します。第1回は、量子コンピュータの全体像を説明します。

1. 量子コンピュータとは

量子コンピュータにまつわるニュースの中で、最近、最も世間を騒がせたのは、2019年10月のGoogleの発表でした。Googleは、最先端のスーパーコンピュータで1万年かかる計算を、量子コンピュータが200秒で解いたと発表しました。各種メディアが大々的にこのニュースを報じ、それを聞いた多くの人は、量子コンピュータの実用化はもうそこまで近づいているという印象を持ったのではないでしょうか。

このニュースをはじめとして、近年は各種メディアで、量子コンピュータが取り上げられる機会が増えました。しかし、多くのメディアは、量子コンピュータの限られた側面だけを取り上げ、超並列計算を可能とする夢のコンピュータ、現代のスーパーコンピュータよりも1億倍高速ともてはやします。その結果、量子コンピュータの正体はあまり認識されないまま、期待だけが過度に膨らみ、さらには量子コンピュータにまつわる多くの誤解を引き起こすこととなりました。本連載では、量子コンピュータの正体や現状について、専門家の立場から冷静な視点で解説します。

まずは、量子コンピュータとは何かを、簡潔に説明しましょう。現代のコンピュータには、スマートフォン、ノートパソコン、スーパーコンピュータなどさまざまな種類があります。ただし、どれも計算の仕組みは同じです。これ対して、量子コンピュータは、量子というミクロな粒の特殊な振る舞いを使って計算を行うといった異なる仕組みのコンピュータです(図1)。

図1:量子と量子コンピュータ

図1:量子と量子コンピュータ

量子とは、ざっくりいえば、物の構成単位となる小さな粒のようなものです。その代表例は、身の回りの物質の構成単位である原子や、原子そのものを形作る電子や陽子、また光の構成単位である光子などです。これらの量子は、私たちが日常生活で目にする物理法則とは違った不思議な法則(量子力学)に従って振る舞います。量子コンピュータでは、量子の振る舞いをうまく計算に使いこなすことで、現代のコンピュータにはできなかった計算の仕方が可能になります。この結果、計算能力がパワーアップするのです。

2. 量子コンピュータにまつわる誤解

表面的なニュース報道によって、世間一般の人は量子コンピュータについて誤ったイメージを持っていることが多々あります。典型的な誤解の一つが、量子コンピュータができればあらゆる計算が速くなるというものです。確かに、量子コンピュータは、現代のコンピュータの上位互換になっています。しかし、量子コンピュータを使うことで計算速度が増す計算の種類はごく一部です。それ以外のほとんどの計算は、現代のコンピュータでも量子コンピュータでも、速さは変わりません。速度が同じならば、現代のコンピュータで計算した方が圧倒的に低コストです。従って、量子コンピュータは、現代のコンピュータを完全に置き換えるというよりは、特定の計算をするときだけ補助的に使う専用コンピュータという位置付けになります。

それでは、量子コンピュータはどのような計算に使われるのでしょうか? 例えば、新しい材料や薬の開発、荷物の配送ルートの最適化、また人工知能などが挙げられます(図2)。このように、量子コンピュータの用途は限定されているものの、さまざまな産業に影響を与え、私たちの生活を大きく変える力を持っていることは確かです(詳しくは第4回で解説します)。

図2:量子コンピュータの応用分野

図2:量子コンピュータの応用分野

3. 量子コンピュータの実現はいつ?

「量子コンピュータの実現は何年後でしょうか?」と聞かれることがしばしばあります。量子コンピュータのニュースが頻繁に取り上げられるようになったので、数年後には実用化されると期待している人も多いようです。しかし、現状の量子コンピュータの性能は実用化には程遠いもので、真に社会に役立つ量子コンピュータが実現するには、数十年はかかると見積もられます。

冒頭で、Googleが最先端のスーパーコンピュータで1万年かかる計算を、量子コンピュータが200秒で解いたと発表したと紹介しました。これを聞くと、量子コンピュータの性能は、既にスーパーコンピュータを超えたのではないか? と思うかもしれません。しかし、現在の量子コンピュータは性能が低すぎて、基本的には何をやっても今のコンピュータには勝てません。Googleは、量子コンピュータの方が圧倒的に有利な特殊な問題を作り、その1つの問題だけで戦わせ、量子コンピュータの方が速く計算できたと主張したに過ぎません。

ここで使われた問題は、乱数を発生させるような実用上は無意味な問題です。量子コンピュータは、まだまだ発展途上であり、大した計算もできない上に計算ミスばかりします。動かして遊べば、量子コンピュータっぽい振る舞いはするものの、決して役に立つ計算ができる代物ではありません。本当に世の中の役立つ量子コンピュータを作るには、現状よりも桁違いに性能を向上させる必要があります。ただし、技術的にも未解決の課題が山積みであり、本当に実用化できる保証もありません。従って、何年後に実現すると予想できるものではありません。しかし、量子コンピュータが実現した暁には、世の中を大きく変える力を持つことが理論的に保証されています。長い時間とコストをかけても開発に値するものであると私は信じて研究を進めています。

いかがでしたか? 今回は、量子コンピュータの全体像を紹介しました。次回は、量子コンピュータ誕生の歴史と計算の仕組みを解説します。お楽しみに!