技術が進歩しているにもかかわらず、工場における事故は、度々発生しています。報道を見て、他人事ではないと思う技術者も多いでしょう。また、安全管理責任者となり、職場の安全を統括する立場の技術者もいるでしょう。
化学プラントで事故が発生した場合、被害は甚大です。このため、化学業界では、米国の労働安全衛生局(OSHA:Occupational Safety & Health Administration)のプロセス安全管理(PSM:Process Safety Management)が徹底されています。本連載では、OSHAのPSMに基づいたプロセス安全管理について、解説します。この機会に、他業界の技術者も、安全管理を今一度見直してみましょう!
- 1. OSHAのPSMとは?14要素とは?
- 2. プロセス安全情報(Process Safety Information)
- 3. プロセスハザード分析(Process Hazard Analysis)
- 4. 運転開始前の安全審査(Pre-Startup Safety Review)
- 5. 作業手順(Operating Procedures)・トレーニング(Training)
- 6. 設備の健全性(Mechanical Integrity)
- 7. 従業員の参加(Employee Participation)
1. OSHAのPSMとは?14要素とは?
OSHAは、米国の労働安全衛生局(Occupational Safety & Health Administration)の略称です。1970年に成立した法律(Occupational Safety & Health Act of 1970)に基づいて設立されました。
OSHAが発行した規格の一つに、危険化学物質の取り扱い管理方法を定めたプロセス安全管理(Process Safety Management of Highly Hazardous Chemicals standard, 29 CFR 1910.119)があります。本連載では、この規格の内容をPSM(Process Safety Management)として解説します。
OSHAのPSMは体系的であり、見習うべきところが多いです。「OSHA PSM Standard 29 CFR 1910.119」は、互いに関連し合う14の要素で構成されています。
- プロセス安全情報(Process Safety Information)
- プロセスハザード分析(Process Hazard Analysis)
- 作業手順(Operating Procedures)
- 従業員の参加(Employee Participation)
- トレーニング(Training)
- 協力会社(Contractors)
- 運転開始前の安全審査(Pre-Startup Safety Review)
- 設備の健全性(Mechanical Integrity)
- 火気使用許可(Hot Work Permit)
- 変更管理(Management of Change)
- 事故調査(Incident Investigation)
- 緊急時対応計画(Emergency Planning and Response)
- 監査(Compliance Audits)
- 業務機密(Trade Secrets)
このうち、「安全な設備を作り、安全に作業する」ことに関連した7つの要素を取り上げ、以下に詳しく解説します。
「安全な設備」と「安全な作業」は「プロセス安全情報」と「プロセスハザード分析」を基に作られ、「従業員の参加」により実現される
2. プロセス安全情報(Process Safety Information)
安全な設備を作るための基本となる情報が、「1. プロセス安全情報」です。例えば、化学物質には強い毒性を持つものや、激しく反応するものも含まれます。どのような材料を使用して、どのような製品を生産するのか。そのために必要な条件は何か。安全な設備を作るには、こうした情報が欠かせません。
それは化学物質に限った話ではありません。設備を設計するには、そこで取り扱うあらゆる物質の特性を知る必要があります。例えば、一般的な食材である小麦粉が、ある条件下で粉じん爆発を起こすことを知らなければ、小麦粉を扱う食品工場を安全に設計することはできません。
3. プロセスハザード分析(Process Hazard Analysis)
次に必要になるのが「2. プロセスハザード分析」です。想定しうる危険をあらゆる角度から分析して、その危険が現実の事故にならないための設備設計や取り扱い方法を検討するプロセスです。危険のレベルに応じて対応方法は異なります。しかし、あらゆる危険レベルに共通して重要なことは、最悪の事態は何であるかを把握し、その発生率を許容限度以下に抑えるには、どうすべきかを具体的に決定する「リスクマネージメント」です。
4. 運転開始前の安全審査(Pre-Startup Safety Review)
安全なプロセスを経て設計、建設された設備は、完成後すぐに生産を開始してよいでしょうか? 実は、まだ十分ではありません。設備は、設計通り、本当に安全に作られているでしょうか。「7. 運転開始前の安全審査」は、完成した設備が本当に安全かどうかを審査します。設計段階では気付かなかった安全上の不具合を発見することもあります。審査で明らかになった安全上の問題をすべて解決して、設備を生産活動に使用することができます。
5. 作業手順(Operating Procedures)・トレーニング(Training)
完成した設備を使用して生産を行うにあたり、運転員が運転方法を十分に理解していなければ、やはり危険です。運転員は、「1. プロセス安全情報」と「2. プロセスハザード分析」をもとにした、安全な運転方法を正しく理解する必要があります。安全な運転方法は「3. 作業手順」に記載され、「5. トレーニング」に基づいて教育が行われます。
6. 設備の健全性(Mechanical Integrity)
こうして、安全に作られた設備で、安全に生産を行うことが可能になりました。しかし時が経てば設備は古くなり、当初は安全だった設備も、安全ではなくなることを考えなくてはなりません。それを担うのが「8. 設備の健全性」です。興味深いのは、メンテナンス(Maintenance)ではなく、あえて健全性(Integrity)という言葉を使っていることです。そこには、単に保守作業するのではなく、安全機能が「健全な状態」であることを保証しなさいという意味が込められています。
7. 従業員の参加(Employee Participation)
これまで、安全な設備作りと作業に関するPSMの要素、「1. プロセス安全情報」、「2. プロセスハザード分析」、「7. 運転開始前の安全審査」、「3. 作業手順」、「5. トレーニング」、そして「8. 設備の健全性」について解説しました。ところで、これら安全管理の各要素を実行するのは誰でしょうか?
それは、従業員です。ルールだけが掲げられたところで、従業員の一人一人が本気で安全に取り組んでいなければ、意味がありません。実際に、PSMの実施が要求されている米国の化学工場でも、事故は発生しています。そのことを「4. 従業員の参加」は指摘し、本気の取り組みを要求しているのです。理にかなった考え方といえます。
今回はPSMのうち、「安全な設備を作り、安全に作業する」ことに関する7つの要素にスポットライトを当て、解説しました。この7要素は、まさにPSMの主軸を担っています。次回からは、この主軸を支えるPSMの他の要素について、詳しく説明します。お楽しみに!
参考文献: