塗膜形成後の欠陥「剥がれ」とは?:塗装・塗料の基礎知識9

塗装・塗料の基礎知識

更新日:2016年11月25日(初回投稿)
著者:元職業能力開発総合大学校 准教授 坪田 実

塗膜の割れや剥がれといった致命的な欠陥は、起きてはなりません。前回は、割れの原因や対策を紹介しました。今回は最終回です。剥がれのメカニズムと事例を解説します。なぜ剥がれたのか、剥がれない塗装のために何をすべきか考えながら、読んでください。

1. くっつく力の発生

冷凍室で-30℃くらいによく冷やした氷は、指で触れると指先にくっつきます。指先と氷が接すると、氷の表面が溶けて水(液体)になります。すぐに周りの氷がこの水を凍らせて、氷(固体)となります。くっついた氷を引き剥がすと、氷に指紋の跡が残ります(図1)。

図1:氷と指先がくっつく原理

図1:氷と指先がくっつく原理(引用:坪田実、塗装の実務入門 Q&A、日刊工業新聞社、2010年、P.40)

このとき、指と水分子の間に、くっつく力(付着力)が作用します。水でぬれている指先の方がくっつきやすくなります。指先の水が接着剤の役目を果たしているからです。指先の水は、素早く氷を溶かして、自らぬれ広がると同時に、被着体である氷表面層へ拡散します。凝集力(液体・固体の分子間の引力)の小さい液体のときに被着体にぬれ広がっていき、被着体の分子と引っ張り合いができるくらいに近づきます。付着力の本命であるファン・デル・ワールス力は、分子同士が近づけば近づくほど大きくなり、これにより氷が指先にくっつきます。

この指先の水を塗料に置き換えると、塗料のくっつく仕組みを理解できます。塗料が被塗物にくっつくためには、塗料中の樹脂分子を被塗物表面の分子へ近づけ、付着力を確保する必要があります。続いて、水が氷になって凝集力を高めるのと同様に、塗膜形成要素がしっかり手をつなぎ直して塗膜となり、引き剥がす力に対抗します。

それでは、同種あるいは異種分子同士が引き合う力は、どのように発生するのか考えてみましょう。物質は、普通の状態では同量の正、負の電荷を持ち、電気的に中性(荷電量0)です。しかし、何らかの原因で物質が電子を放出したり、受け取ったりすると電荷のバランスが崩れ、その物質全体が正または負に帯電します。

例えば、図2に示すように、下敷きで髪の毛をこすると、下敷きは負に、髪の毛は正に帯電します。磁石のN、S極と同様に、正負の電荷は強く引き合い、下敷きを持ち上げると髪の毛は一斉にくっつきます。また、この帯電した下敷きを紙切れに近づけると、電気的に中性であった紙切れは帯電し、下敷きにくっつきます。

図2:下敷きで帯電する例

図2:下敷きで帯電する例(引用:坪田実、塗装の実務入門 Q&A、日刊工業新聞社、2010年、P.41)

どんな物質も原子から構成され、電気のもとである正負の電荷を持っています。したがって、下じきと紙のように、異種分子間の正負の電荷が、お互いに中性になろうとして引き合います。分子中のある部分に電荷の偏りがあると、必ずくっつく現象が起こります。

電荷の偏りによるくっつく力には、ファン・デル・ワールス力と水素結合力があります。両者の分子間力の大きさは、水素結合力の方が明らかに大きくなります。しかし、付着力の本命はファン・デル・ワールス力です。この力はかなり遠くまで作用し、樹脂の分子量が増大するほど大きくなります。

一方、被塗物表面には既に水分子が吸着しています。水分子間には、水素結合力が作用しています。塗料が被塗物表面に付着するには、この水分子の一部を押しのける必要があります。このときに、ファン・デル・ワールス力が作用し、被塗物との付着活性点を増大させます。被塗物の種類によって、水分子との吸着力は違い、塗料の付着機構は異なります。

例えば、プラスチックは水分子との吸着力は大きくありません。塗料は比較的容易に水を押しのけてプラスチック表面層に近づくことができます。このときには、塗料用樹脂とプラスチックの分子鎖の相性によって、ファン・デル・ワールス力の作用する範囲が異なり、付着力に影響を与えます。このように、金属用塗料には極性基(電荷が偏る官能基)を導入し、プラスチック用には相容性の良い分子鎖を導入して付着力を高めます。

2. 剥がれのメカニズム

塗料・塗装界の神聖である故・井上幸彦先生は、著書の中で次の名言を述べられました。

「付着とは水との闘いであり、付着の保持は内部応力との争いである。」(引用:井上幸彦、塗料及び高分子、誠文堂新光社、1963年)

この名言から分かるように、塗膜の付着を阻害する要因の一つは、水が侵入することです。塗料が塗膜になってからは、水分や水蒸気が塗膜を透過して、下塗りと被塗物の界面に侵入します。侵入した水は、界面にある物質を溶かし、付着活性点を失活させます。水が容易に付着界面に侵入する原因は、塗膜の付着力が弱いことです。

付着力を阻害するもう一つの要因は、内部応力です。塗膜は、形成後にわずかながら体積が減っていきます。このときに発生する収縮ひずみに、塗膜のヤング率を掛け算すると、次に示す収縮応力になります。
収縮応力=塗膜のヤング率×収縮ひずみ

この応力に対して、画用紙が丸まるように被塗物が変形すれば、塗膜内部に収縮力は残留しません。一方、被塗物が変形しなければ、収縮力は塗膜中に残留し、引っ張り力に変化します。この引っ張り力のことを、内部応力あるいは残留応力と呼びます。内部応力が小さいうちは何ら問題ありません。しかし、内部応力が大きくなるに従って、付着している塗膜が割れたり、剥がれたりします。井上先生の名言にある付着の保持とは、内部応力を成長させないようにすることです。

3. 剥がれの事例:溶融亜鉛めっき面塗装系の剥がれ

寒冷地での水道送水管の保護鋼管として、溶融亜鉛めっきをした炭素鋼鋼管(SGP:Steel Gas Pipe)の、剥がれの例を紹介します。外側は、有機-無機ハイブリッド塗料を上塗りとする、耐久性のある塗装系(耐久目標100年)が使用されています。外側鋼管の内部には、発泡ポリウレタンで覆われたステンレス鋼(SUS304)から成る無塗装の水道送水管が入っています。

図3:炭素鋼鋼管の表面での剥がれの状態

図3:炭素鋼鋼管の表面での剥がれの状態

この炭素鋼鋼管で、塗装してから約12年経過した後に、図3に示す剥がれが観察されました。恐らく、それ以前から付着界面ではブリスター(塗膜内で水分が凝集して膨れる現象)が発生し、塗膜は剥がれていたと思われます。まず、剥がれの塗装系はどのように構成されているのか、塗装系のどこから剥がれているのかを見ていきます。

剥がれが起きた塗装系

剥がれが発生した鋼管には、グリッドブラスト(塗装前の表面調整のため研掃材を吹き付けること)の後に、溶融亜鉛に浸せきして、めっきが施されています。めっき面には研磨紙を当て、その後、図4に示す塗装系で塗装されました。写真は、剥がれた塗膜の断面を顕微鏡で観察したものです。

図4:剥がれが起きた塗面の断面状態と塗装系

図4:剥がれが起きた塗面の断面状態と塗装系

剥がれた塗膜の分析結果

図3図4の観察結果から、5つのことが分かりました。

1:全面にブリスターが発生し、ブリスターの内部は白い粉末で満たされていることから、剥がれはめっき層の凝集破壊であるといえます。

2:塗膜断面の全体にわたって、亜鉛めっきが付着していることが分かりました。このことからも、剥がれが亜鉛めっき層の内部で発生していることを示しています。

3:下塗り、中塗り、上塗り塗膜の界面はシャープな線で現れており、所定の膜厚で塗装されていることが分かります。層間で剥がれている様子はなく、層間の付着性は良好といえます。

4:上塗りは、大気中の水蒸気を取り込み、加水分解しながら硬化するため、膜厚は30μm以上にならないように塗料メーカーから厳しく指示されています。この点はしっかりと守られています。ただし、以下に述べる点が懸念されます。

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4. 補修塗装系と剥がれの対策

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