前回は、機械のボルトやシャフト、歯車などに用いられる機械構造用鋼の「焼入れ」と「焼戻し」について解説しました。今回は、工具鋼の焼入れと焼戻しを取り上げます。
工具鋼は金型や切削工具に用いられ、表面硬さや耐摩耗性といった性質が共通して求められます。その他にも、冷間鍛造用金型には耐衝撃性が、重切削用工具やダイカスト金型には耐熱性が求められます。このように工具鋼は用途によって要求される特性が異なるため、JISでは多くの鋼種を規定しています(表1)。また各鋼材メーカーでは、数多くのブランド鋼を製造・販売しています。
種類 | 分類 | 主な記号 | JIS | 備考 |
炭素工具鋼 | SK70,SK85,SK105 | G 4401(2009) | 11種類 | |
合金工具鋼 | 切削工具鋼用 | SKS11,SKS21,SKS51 | G 4404(2010) | 8種類 |
耐衝撃工具鋼用 | SKS4,SKS41,SKS43 | 4種類 | ||
冷間金型用 | SKS3,SKD11,SKD12 | 10種類 | ||
熱間金型用 | SKD4,SKD61,SKT4 | 10種類 | ||
高速度工具鋼 | タングステン系 | SKH2,SKH4,SKH10 | G 4403(2006) | 4種類 |
モリブデン系 | SKH51,SKH57,SKH59 | 10種類 | ||
粉末ハイス | SKH40 | 1種類 |
1. 炭素工具鋼(SK材)、低合金工具鋼(SKS材)の焼入れ・焼戻し
標準的な炭素工具鋼(SK材)には炭素以外の合金元素は添加されておらず、焼入性が悪いため、大型品には適していません。低合金工具鋼(SKS材)はクロムCrを主として、タングステンW、モリブデンMoなどを少量添加したもので、SK材よりも焼入性や耐摩耗性に優れています。
SK材やSKS材の標準的な焼入温度は800~850℃で、正常な焼入組織はマルテンサイトと未固溶炭化物(球状セメンタイトFe3C)です。焼入温度が低すぎると炭化物が十分に固溶せず、フェライトを生じます。逆に高すぎると炭化物が固溶過多となり、マルテンサイトが粗大化し、軟質の残留オーステナイト(γR)を多量に生じます(図1)。
SK材やSKS材を高温で焼戻すと硬さが低下してしまうため、150~200℃で焼戻すのが一般的です。この温度で焼戻すと「ε炭化物」が析出し、生地組織は焼戻マルテンサイトに変化します。これにより、焼入れ時の硬さをほぼ維持したままで、衝撃値を大幅に向上できます。
2. ダイス鋼(SKD材)の焼入れ・焼戻し
冷間成形金型用ダイス鋼は、1%以上の炭素CとクロムCrをはじめ、タングステンW、モリブデンMo、バナジウムVなどの合金元素を多量に含有しています。代表的な鋼種はSKD11です。約12%のクロムCrと少量のモリブデンMoおよびバナジウムVを含有し、大型のプレス金型によく利用されます。SKD11に含有される主な炭化物は、クロムCr系の (Cr, Fe)7C3で、材料の鍛伸方向に不規則に並んでいます。
熱処理にともなう組織変化は、焼入れ(標準的な焼入温度:1,000~1,050℃)によって炭化物が固溶し、焼戻しで微細炭化物が析出します。そして最終的には、焼戻しマルテンサイト生地と炭化物(未固溶炭化物+析出炭化物)の混合組織となります(図2)。
焼入温度の上昇に伴い、焼入硬さは高くなります。しかし、最高焼入硬さが得られる温度を超えると、硬さは低下します。この硬さ低下の原因は、軟質の残留オーステナイト(γR)の増加にあります。そのため、「サブゼロ(SZ)処理」を施します。サブゼロ処理とは、焼入れ後に鋼材を0℃以下に冷却することです。これにより、残留オーステナイト(γR)がマルテンサイトに変態し、硬さを回復することができます(図3)。また、耐摩耗性の向上にも寄与します。
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3. 高速度工具鋼(SKH材)の焼入れ・焼戻し
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