なぜ管理会計が必要なのか:管理会計の基礎知識1

管理会計の基礎知識

更新日:2023年2月16日(初回投稿)
著者:LEC会計大学院 客員教授 林 總

管理会計とは、経営者が自社をマネジメントするために必要な会計を指します。本連載では、6回にわたり、利益、経営ビジョン、原価など、管理会計に必要な基礎用語の解説の他、キャッシュフロー計算表、貸借対照表の構造など、ビジネスパーソンとして知っておくべき基礎知識を紹介します。

1. 企業会計の歴史

管理会計の解説の前に、まず企業会計の歴史から説明します。企業会計は、複式簿記の歴史に大きく関わります。会計が使われ始めたのは、紀元前にさかのぼります。ただし、本格的に企業で使われるようになったのは、11世紀ごろ、ベニスの商人によって発明された複式簿記の登場が端緒とされています。複式簿記とは、金銭の増減のみを記す単式簿記とは異なり、取引の原因と結果の両方を記載する方法です。

当時、会計を行う目的は、資産の保全、利益の分配、結果の説明でした。つまり、金融業者、債権者、あるいは出資者などから集めたお金を、何に使ってどれだけの利益を出したのか、さらにこうして得た利益を適切に配分したことを証明するために、この複式簿記が用いられていました。複式簿記は、当時の原形をとどめたまま、800年経た今でも、使われ続けています。

イタリアの都市国家だけで使われていた複式簿記が、広く世に広まる契機となったのは、1494年に数学者であり修道士だったルカ・パチョーリにより執筆された『スンマ』(算術、幾何、比、および比例に関する全集)が発行されたことでした。パチョーリはその中で、複式簿記を紹介しました。パチョーリは、一般の人には、なじみのない学者かもしれません。しかし、レオナルド・ダ・ヴィンチに数学を教えた人であることを知れば、当時、いかに優れた学者だったか想像がつくと思います。

図1:ルカ・パチョーリによって執筆されたスンマ、第2版のタイトルページ (1523年)(引用:ウィキペディア)
図1:ルカ・パチョーリによって執筆されたスンマ、第2版のタイトルページ (1523年)(引用:ウィキペディア

その後、複式簿記は企業経営の必須道具として世界中に広まりました。複式簿記の魅力を知る有名人に、ドイツの天才ゲーテがいます。彼は、著書『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代(上)』(山崎章甫訳、岩波文庫)の中で、主人公と友人(ヴェルナー)の会話において、次のように書いています。

ヴェルナー「・・・商売をやってゆくのに、広い視野をあたえてくれるのは、複式簿記による整理だ。整理されていればいつでも全体が見渡される。細かしいことでまごまごする必要がなくなる。複式簿記が商人にあたえてくれる利益は計り知れないほどだ。人間の精神が産んだ最高の発明の一つだね。立派な経営者は誰でも、経営に複式簿記を取り入れるべきなんだ」

日本に複式簿記が入ったのは明治時代でした(宣教師を通して、室町時代に伝わったとの説もあります)。明治6年(1873年)、福沢諭吉は『帳合之法(Common School Book-keeping)』を翻訳して、複式簿記を紹介しました。『スンマ』が発刊されて380年の後、やっと日本にたどり着いたのです。

2. 財務会計は触診や問診

このように、複式簿記を中核とする企業会計は、経営や管理に不可欠な情報システムとして世界に広まりました。表1に、企業会計の種類である財務会計、税務会計、管理会計、経営分析の4つについて、目的と利益の種類を示します。

表1:企業会計の種類
表1:企業会計の種類

企業会計のうち、ここでは、財務会計について説明します。財務会計は、制度会計と税務会計に分類できます。

・財務会計

財務会計(ファイナンシャル・アカウンティング)とは、会社の実態を銀行や社債権者に説明するための会計(アカウンティング)をいいます。企業会計が飛躍的に発展したのは、産業革命以降でした。企業は、合併や買収を繰り返して巨大化します。必然的に、このためのファイナンス(資金調達)を目的とした会計が発達しました。財務会計は、かつてベニスの商人が、債権者や出資者に対して集めたお金の顛(てん)末を報告したのと全く同じ目的で行われています。

ただし、11世紀の会計と近代の会計とでは、大きく異なる点があります。ベニスの商人は一航海ごとに決算を行っていました。一方、近代の財務会計は、一定期間ごとに決算書を作成します。これを期間損益計算といいます。期間損益計算については、以下で後述します。

:制度会計

財務会計のうち、金融商品取引法や会社法に基づいて行う会計を制度会計といい、企業はこうした法律にのっとって会計業務を行っています。

ここで注意すべきは、財務会計上の利益とは、期間収益(売上高)から期間費用を差し引いた期間利益であることです。このような計算方式を、期間損益計算といいます。

ところが、この期間損益計算が、会計をヌエのようなつかみどころのないものにしています。どういう意味かというと、同じ10億円の費用をかけても、ある会社の期間利益は1億円、他の会社の期間利益もまた1億円という例は珍しくはありません。ところが、両者に差が出る原因は損益計算書(企業に入ってくるお金と出ていくお金を示したもの)からでは分かりません。そのため、財務会計は利益管理には使えないのです。

:税務会計

財務会計の一種に、税務会計があります。財務会計が株主や債権者に会計情報を提供するための会計であるのに対して、税務会計は税務申告書の作成や課税所得を計算するために、法人税法や所得税法などに準拠した会計です。日本の企業の99.7%が中小企業で、税務会計により会計処理を行っています。

なお、年商による基準はないものの、私見では、100億円が大企業と中小企業の境目になると考えています。いうまでもなく、税務会計も財務会計と同様に、外部の利害関係者に報告することを目的とした会計であるため、貸借対照表や損益計算書をそのまま経営や管理に利用するのには無理があります。例えていえば、財務会計は触診や問診に相当します。この情報だけでは、疾患の原因を特定するのは困難です。

3. 経営分析はレントゲン写真

経営分析とは、財務会計情報である貸借対照表や損益計算書などから、会社の状態を判断する手法をいいます。経営分析は、レントゲンによる画像診断に相当します。例えば、同じ1億円の期間利益を出している2つの会社A社、B社があるとします。どちらの売上高も10億です。さて、どちらの会社が優れているでしょう。

損益計算書を見る限りどちらも同じです。しかし、総資産がA社10億円、B社100億円としたらどうでしょう。経営分析指標である投下資産利益率(ROA=当期利益÷総資産)を使えば、A社が10%に対してB社は1%となるため、A社経営のほうが優れていることが分かります。

もし、分からなければ、こう考えてください。10億円の資産を1年運用して1億円稼いだA社と、100億円で1億円稼いだB社ではどちらが優れているでしょうか、と。経営分析の手法を学ぶことで、決算書の価値は飛躍的に増すことになります。

表2:2社の総資産利益率の比較
表2:2社の総資産利益率の比較

4. 管理会計は内視鏡

管理会計とは、企業の経営者や管理者が、利益を管理するために必要な情報を提供する会計をいいます。管理会計が、財務会計と大きく異なる点は、いくつかあります。

第一に、財務会計の会計情報の提供先が、投資家や債権者など社外の利害関係者であるのに対して、管理会計の提供先は、企業内部でマネジメントを行う経営者や管理者である点です(表1)。第二に、財務会計は複式簿記体系を前提として、期間損益計算の枠内で行われる会計であるのに対して、管理会計は、複式簿記の枠内で行うこともあれば、複式簿記の枠を取り払って行うこともあります。

そもそも企業経営は、人為的に区切った会計期間で完結するわけではありません。そのため、経営は長期的視野に立って行うべきであり、その意味で、管理会計は会計期間に拘束されるべきではありません。とはいえ、企業活動の結果は1年区切りで業績の報告が義務付けられているため、管理会計と財務会計を連動させ、会計期間ごとの利益の最大化を目指すことになります。この考えを、財管一致といいます。

企業経営は、将来を見据えて行われるため、管理会計もまた、将来を見据える必要があります。これが管理会計の本来の姿です。例えば、新工場建設の意思決定、他社買収の意思決定です。また、不稼働機械の経営に与える影響、サプライチェーンの変更が営業利益に及ぼす影響などの計算は、企業経営に不可欠です。

触診・問診だけの財務会計に対して、管理会計は内視鏡による診断に例えることができます。管理会計を学ぶ上で大切な点は、会計情報が映し出す会社の実態を理解することです。例えば、原価計算は経理の仕事と考えたり、原価計算システムを導入すれば原価は下がると考えたりするような誤解はすべきではありません。

会計は、あくまで鏡です。そのため、鏡に映る生産活動の実態の理解が不可欠です。したがって、原価計算の理解には、会計だけでなく、生産管理、製造、情報システムの知識が不可欠です。本連載では、必要に応じて近隣の知識についても触れていきます。

いかがでしたか? 今回は、企業会計の歴史を追いながら、管理会計の必要性を解説しました。いうまでもなく、管理会計はテクニックではありません。さまざまな技法の背後にある本質の理解が極めて重要です。次回は、利益とは何かというテーマで、ドラッカーが考える利益などを紹介します。お楽しみに!