オンデマンド、シェアリング、自動運転の課題:MaaSの基礎知識5

MaaSの基礎知識

更新日:2023年3月9日(初回投稿)
著者:東京大学大学院 新領域創成科学研究科 特任教授 中村 文彦

前回は、MaaSの現在地と課題について紹介しました。今回は、日本における、MaaSのこれからの展開に関するキーワードとして、オンデマンド、シェアリング、自動運転を取り上げます。オンデマンド交通=MaaS、シェアリングサービス=MaaS、もしくは自動運転=MaaSと考えている人は少なくありません。MaaSは本来、より幅広い概念で、さまざまなサービスを束ねて、さまざまな活動と移動をつなげる道具です。もちろん、オンデマンド、シェアリングも自動運転によるサービスも、MaaSにつながるものです。しかし、それらがなければならないというわけではありません。

1. オンデマンドについて

オンデマンドとは、ユーザーから要求があった際に、その要求に応じてサービスを提供することをいいます。バスとタクシーの定義を整理しましょう。日本の場合、車両としては、定員10人が境目になります。サービスとしては、概略的には乗合と乗用という区分があります。乗合とは、定員10人以上の路線バスサービスなどをいい、乗用とは、定員10人以下のタクシーサービスなどをいいます。事前予約や、路上や駅前広場などで見つけて乗車する場合は、タクシーサービスになります。ただし、乗合タクシーという場合は、路線バスのような乗合のサービスを、10人以下の定員の車両で行うサービスを意味します。

オンデマンドのサービスの考え方は、古くから存在しています。需要応答型サービス(Demand Responsive Transit:アメリカでの表現。イギリスではTransport)、略してDRTとも表現されます。DRTは、バスとタクシーの長所を兼ね備えた、両者の中間的なサービスとして位置付けられてきました。タクシーのように事前に予約をし、その予約を束ねて乗合サービスにすることで、多くの人を輸送できるイメージです。通常の路線バスは、路線やスケジュールが固定的で、利用者がそれに合わせて乗車するのに対して、利用者のリクエストに合わせて、路線バスの固定的な要素を可変させる、柔軟なサービスといえます。

オンデマンドのサービスは、過去数十年にわたり、さまざまな実践例があります。現在、日本のオンデマンドサービスで一般的なのは、地域内に多くの待ち合わせ場所(ミーティングポイント)を設定するタイプのものです。しかし、海外ではそれだけでなく、起点と終点は固定の上で、経由地が自由自在なもの(スウェーデン(図1))や、基本路線を決定しておいて、一部区間でリクエストに応じて迂回するもの(1970年代の日本国内事例)、路線も時刻表も決めておいて、前日までにリクエストがあるときだけ運行するもの(フランスのタクシーバス)などさまざまです。それぞれの国や都市で、地域の事情に応じて工夫を凝らしてきた歴史があります。

図1:オンデマンドバスの事例(2002年、ヨーテボリ(スウェーデン)郊外)
図1:オンデマンドバスの事例(2002年、ヨーテボリ(スウェーデン)郊外)

オンデマンドサービスは、予約が前提です。以前は、停留所や専用端末機、あるいは電話で予約を行っていました。しかし、現在では、スマートフォンアプリでの予約が主流となり、MaaSアプリでの予約が標準になっているといえます。

オンデマンドサービスは、応用範囲が広く、夢のあるサービスです。ただし、歴史から学ぶべき点もあります。一つは、コストの観点です。従来の路線バスサービスとの比較や、路線バスを止めてタクシー券を配布する施策との比較などを踏まえて、住民のモビリティ(外出のしやすさ)と、主要施設へのアクセシビリティ(アクセスのしやすさ)を保証しつつ、行政負担費用がより少ないサービス形態として、オンデマンドサービスは実践されてきました。他のサービスよりも、費用効率が高いことが重要です。

次に、地域の中での位置付けです。路線バスも、通常のタクシーも現存している地域に、オンデマンドサービスを導入するには、各サービスの役割を整理し、事業担当分担も明確にする必要があります。また、公共交通全体としてのチームプレイで臨み、自家用車利用からの転換や、そもそもの外出促進により、需要の全体量を大きくすることが望まれます。既に経営状態がかなり厳しい路線バスやタクシーの利用者を奪うようでは、地域の交通全体の未来像を描き切れません。競争と協調の場面をきちんと整理し、関係者全体で共有することが重要です。

そして、利用者の視点です。従来の路線バスは、自分の生活サイクルを時刻表に合わせ、バス停に行くものでした。しかし、オンデマンドサービスでは、自分の生活スケジュールをもとに乗車リクエストをしつつも、リクエスト拒否や目的地到着時刻の不安定さなどのリスクがあります。このように、路線バスとオンデマンドサービスの間の優劣は簡単ではありません。リクエスト拒否や時刻不安定の解消には、十分な台数が必要となり、それにはコスト上昇を伴います。このあたりは、さらに研究調査が期待されるところです。

2. シェアリングについて

シェアリングを、レンタサイクルや、レンタカーの延長上のものと、タクシーの延長上のもので区別してみましょう。レンタサイクルは、自転車や電動キックボードのシェアリング、レンタカーは自動車のシェアリングが該当します。レンタサイクルやレンタカーと違い、シェアリングの特徴として、貸出場所が無人なことや、短時間返却が可能なこと、返却場所が選べること(日本のカーシェアの多くは返却場所が限定)などがあります。

なお、日本では、カーシェアはレンタカーの延長上となり、道路運送事業です。一方、自転車のシェアリングは道路運送法の範囲外です。自転車のシェアリングは運輸事業ではないため、公共交通の定義から除外されそうです。しかし、公共性の高い移動手段として、公共交通の仲間にしておく必要があるでしょう。

シェアリングエコノミーへの注目とともに、上記のようなシェアリングサービスも注目度が高いといえます。自転車や自動車を気軽に借りることができる魅力は、想像に難くありません。MaaSアプリによって、シェアリングサービスがどこで使えるかが分かり、予約や決済もできることで、その魅力はさらに増すに違いないといえます。

ここで、行動変更の点を指摘しておきます。シェアリングサービスの利用者は、どこから来るのか、シェアリングサービスが始まる以前はどうしていたか、シェアリングサービスが使えなければどうしていたか、という点は重要です。従前は地下鉄やバスを利用していた人がシェアサイクルに転換する、従前はタクシーを利用していた人がライドシェアに転換する、ということがありえます。

結果として、地下鉄やバス利用者が減少すること、タクシー利用者が減少することは、シェアリングサービスを使えない人たちの移動環境を、価格的に悪化させます。理論的には、シェアリングサービスの価格設定、事業者の税負担などの設定とも大きく関わります。価格設定については、車両のステーション間移送や、故障車両修理メンテナンスも含めると厳しいといえます。しかし、少なくとも、シェアリングサービスの魅力を十分に引き出し、地域の交通課題の解決に資するように、他の交通手段とのバランスを考えた導入が望まれます。

もう一つ、道路空間との関係に触れておきましょう。ライドシェアが人気を博した結果、地域外から、高収入を狙って多くの自家用車が地域に進入しました。利用者からすると、予約はしやすくなったものの、多くのライドシェア用の車両が集中した結果、道路混雑は悪化しました。また、一方で、その利用者の多くが、自家用車からの転換ではなく、公共交通からの転換であったために、公共交通の赤字が悪化し、行政の財政負担が増えてしまったということも、海外では起こったようです。道路空間が有限な中で、課税を含め、全体調整がないことには、さまざまなリスクを発生させそうです。

なお、諸外国の自転車のシェアリング事例の多くで、道路空間の車道部分を減じて、ステーション設置をし、自転車の走行空間を増やしています(図2)。自動車利用を減らし、徒歩や自転車のための道路空間を十分に確保するよう、道路空間の再配分を行う方向性と連動しています。

図2:パリの自転車シェアリングの貸出ステーション(駐車帯を転用)
図2:パリの自転車シェアリングの貸出ステーション(駐車帯を転用)

3. 自動運転の課題

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