前回は、リーダーシップとフォロワーシップを紹介しました。今回は、楽観と悲観、現在思考と未来志向など、リーダーシップと脳の関係を取り上げます。
1. 脳における楽観と悲観の働き
リーダーは、まだ見ぬ未来に向けて、人々を導いていかなければなりません。その道は険しく、付いて来る人たちも不安や心配で心がいっぱいになっています。そんなときだからこそ、リーダーにはあきれるほど楽天的で、周囲を元気づけるパワーが必要なのです。
最悪の事態を想定してリスクを強調し、危機感に訴えて周りを動かそうとするのは、マネジャーの得意技です。悲観は楽観よりも、私たちを動かす力が格段に強いものです。このマネジャーが訴える、今ある悲観を払拭するために、明るい未来のビジョンを描き、周りに勇気を与えるのがリーダーの役割といえます。マネジメントはできても、リーダーシップが発揮できない理由は、この辺にありそうです。
人間の脳は、楽観と悲観に対応する別々の仕組みで成り立っています。快楽や報酬に反応する神経系(側坐(そくざ)核を中心とした快感中枢)と、不安や恐怖が支配する神経系(扁桃(へんとう)体を中心とした恐怖中枢)です(図1)。オックスフォード大学エレーヌ・フォックス教授は、この2つをサニーブレイン(楽観脳)とレイニーブレイン(悲観脳)と呼んでいます(参考:エレーヌ・フォックス、脳科学は人格を変えられるか?、文藝春秋、2014年)。

悲観は往々にして楽観に勝ります。不安や恐怖を感じれば、脳の非常ボタンが押されたような状態になり、脳は緊急事態に対応すべく、血中にアドレナリンを放出し、瞳孔が開き、呼吸と心拍数が上がります。戦うのか逃げるのか(ファイト・オア・フライト)という、危機に迅速に対応するための緊急モードに入るのです。
イソップ寓話(ぐうわ)の、オオカミ少年の話を思い出してください。羊飼いの少年が「オオカミが来た!」と叫ぶと、周りの大人が驚いて武器を持ってすぐに駆け付けます。緊急事態の効果は絶大であっても、長続きはしません。何度も危機をあおっていると、本当にオオカミ(危機)が来たときには、自分のヒツジ(財産)が食べられてしまいます。「ヤバい、この先どうなる」と、メディアや上司が危機をいたずらに騒いでいれば、身を滅ぼす以外ないのです。これは、紀元前のギリシャやメソポタミアから受け継がれた知恵でもあります。
2. 不安と未来の深い関係
150~300万年前、二足歩行の直立猿人から進化する過程で、人間は大脳皮質、特に前頭葉と呼ばれる脳の部位を、爆発的に発達させました。ゴリラに近い頭の形をした猿人から、額が広がって平面な顔つきの人類になるまでの、頭蓋骨の形が変わるほど大きくなった部位が、新しい脳である前頭葉です。人間は、文字通り、頭でっかちになったわけです。そのおかげで言葉を持ち、道具を発明し、神話や虚構を作り出し、また未来を考えることができるようになりました。
過酷な自然環境や外敵に備えるには、危機を察知し、まだ起きていない未来を予見するのが効果的です。天敵や危険物の動きを読み、先回りをして対処することでサバイバルが可能になります。ハーバード大学のダニエル・ギルバート教授は、人間の脳を「先読みする装置」と言い換えています(参考:ダニエル・ギルバート、幸せはいつもちょっと先にある―期待と妄想の心理学、早川書房、2007年)。
ところが、悲しいかな、未来を先読みすることは、同時に不安という感情を生み出します。不安だからこそ、適応のための計画を行うことになるのです。不安とともに起こるネガティビティ(悲観)は、現実的な将来の予測をし、視野を狭めて周到な計画をもたらします。それは、危険を注意深く回避し、失敗を防ぐという意味で、私たちのサバイバルには効果的です。「失敗しない~」というタイトルの本が、いくつもベストセラーになるように、日本人にはミスと失敗を恐れるメンタリティが大きいのかもしれません。
その一方で、不安とは正反対のポジティビティ(楽観)は、成功と関係しています。ポジティビティの働きに関して、ポジティブ心理学という新しい心理学を通して分かったことがあります。それは、楽観主義が現実を変える可能性があるということです。
楽観的な考え方をすれば、楽観的な行動を取ります。よりよき未来を予想すれば、それが自己成就するなど、「自分はデキる」と思い込むことで、結果が付いてくることがあるのです。楽しいことや、ワクワクすることをいつも考えれば、認知のあり方が変わり、一人ひとりの行動を変えることにつながります。すなわち、楽観的な考え方は、現実を変えるパワーさえ持っているということです。
サッカー日本代表の長友佑都選手は、どんな苦境にあってもポジティブな姿勢を貫くメンタルモンスターを自称し、次のように言っています。「あえて前向きな言葉を発し、自分の頭…(中略)をコントロールしてポジティブな自分を作り上げていく」。ブラボー!
3. リーダーシップ・ブレイン・モデル
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