「水素」と聞いて、例えば、爆発するといった性質を知っていても、「水素エネルギー」といわれると何のことだか分からない人は多いのではないでしょうか。エネルギーキャリアというと、さらに混乱するかもしれません。この場合、キャリアは運び手、または担い手であると分かると、イメージは、多少はっきりしてきます。すなわち、エネルギーの生産地から消費地まで、水素の形でエネルギーを運ぶ、水素をエネルギーキャリアとして使う、これが水素エネルギーというシステムです。本連載では、水素エネルギーの基礎知識を解説します。
1. 水と電気から水素を作る
水素は天然資源ではありません。風力や太陽光など、再生可能エネルギーの電力によって、水を電気分解して水素を作ります。その水素を酸素と反応させると、今度は逆に電気を取り出すことができます。これが燃料電池発電です。図1の左図のように、電気分解と燃料電池発電がセットになって、水が水素に変わり、また水に戻ります。同時に、電気が入ったり出たりして、電気の出入りの場所を変えると、電気を運んだことになります。電気の出入りの時間間隔を長くすると、電気を貯めることになります。このように、水素は電気のキャリアということもできます。ただし、水素と酸素の反応により、熱の形でエネルギーを取り出すこともできるので、広くエネルギーキャリアといいます。

図1の右側は揚水発電です。電力が余ったときに水を高い所へくみ上げておき、必要なときに、この水をダムに放流して発電します。水の位置エネルギー、つまりポテンシャルエネルギーの形でエネルギーを貯蔵しているわけです。水素エネルギーもこれと似ています。多くの化学物質が化学エネルギーと呼ばれる潜在的なエネルギーを持っている中で、水素の化学エネルギーには、簡単な反応で電気や熱などの顕在的なエネルギーに変換できるという特徴があります。なお、水を電気分解すると、酸素も同時に得られます。しかし、多くの場合、エネルギー目的で酸素を貯蔵 することはありません。燃料電池発電のとき、空気中の酸素を使えば十分だからです。
2. これまでは化石燃料から水素を作ってきた
燃料電池発電により、水素を電気に変換することが普通になったのは、2009年のエネファーム(家庭用燃料電池)の販売開始以降のことでしょう。それまでの水素は、石油化学工業で還元剤の役割を果たすことが主でした。そして、その水素の多くは、天然ガスの主成分のメタンから作られていました(図2)。再生可能エネルギー由来の電力で作られる水素の量はまだ限られているため、市場に流通している水素の多くは、今でもメタン由来です。

図2においても、物質の並びは化学エネルギーの上下関係に基づいています。一番安定な位置にあるのが、二酸化炭素です。中間位置のメタンと水を反応させ、二酸化炭素ができる反動で一番不安定な水素を得ている、という状態です。
不安定というのは、ここでは潜在的なエネルギー、つまり化学的なポテンシャルが大きいという意味です。なお、メタンと水の反応で得られる水素の半分は、水に含まれていた水素原子が水素分子に変わったものです。水の分子は、自身が持っていた酸素原子をメタンの炭素原子に与え、メタンから水素を発生させると同時に、自分も水素を放出していることになります。
他に、製鉄に使われるコークスに由来する水素も大量に作られています。コークスは黒鉛 Cとほぼ同一組成です。コークスと水を反応させると一酸化炭素と水素が発生し、その一酸化炭素で鉄鉱石を還元します。このときの水素は、目的外の生成物という意味で、副生水素と呼ばれます。
3. 水素エネルギーのグリーンとブルー
水の電気分解で水素を作るとき、電力が再生可能エネルギー由来の場合、グリーン水素と呼ばれます。図2のような化石燃料由来は、グレー水素です。ただし、発生する二酸化炭素を回収して外に出さない場合は、ブルー水素と呼ばれます。
もちろん、水素自体は無色透明です。水素は燃焼させても二酸化炭素を出さないためクリーンだといわれます。しかし、化石燃料由来だと、水素を作る段階で二酸化炭素を排出しています。では、グリーンではない水素は、地球温暖化防止対策にとって無意味かというと、そんなことはありません。図3が、それを示しています。

化石燃料を直接燃焼させた場合と、水素に変換してから燃焼させた場合を比べると、単位燃焼熱当たりの二酸化炭素発生量は、後者の方が2~3割少なくなっています。黒鉛 Cを例にとると、直接燃焼で得られる熱量は1mol当たり394kJです。1molの黒鉛 Cが全て二酸化炭素になるまで水と反応させると、水素が2mol生成し、この水素を燃焼させると572kJの熱が得られます。熱量が増加しても、発生 する二酸化炭素は、直接燃焼でも水素への変換でも同じ1molです。このように、単位燃焼熱当たりの二酸化炭素発生量は、水素に変換してから燃焼させた方が、3割ほど少なくなります。
図3では、メタノールとメタンも興味深い比較です。メタノールの方が単位燃焼熱当たりの二酸化炭素発生量が多いのです。メタノールは分子中に酸素原子を含んでいて、いわば一部燃焼済みのような状態です。メタンと同じ燃焼熱を得るには、それだけ多くのメタノールを燃焼させなければならず、結果、二酸化炭素の発生量が相対的に増えます。メタノールを水素キャリアにしようという提案も見られるものの、現在のところ、化学工業原料としての位置付けの方が主流です。
水素は、グリーンであることに越したことはありません。しかし、少なくとも移行期においては、化石燃料由来の水素も一定の役割を果たすことは確かです。ただし、化石燃料を水素に変換する際、反応温度を維持するために、二酸化炭素を追加的に発生させては本末転倒です。未利用熱の利用が前提となります。
いかがでしたか? 今回は、水の電気分解による水素の生成や、グリーン水素について解説しました。次回は、水素エネルギーの使われ方として、燃料電池や水素発電を紹介します。