次の世紀に求められる病院建築とは:病院建築の基礎知識7

病院建築の基礎知識

更新日:2023年1月27日
著者:東京大学名誉教授 工学院大学名誉教授 一般財団法人ハピネス財団理事長 長澤 泰

これまで第5回目までは、現代の病院建築の基本的な考え方について解説し、前回の第6回では、20世紀後半までの病院の歴史を振り返りました。最終回となる今回は、Covid-19の蔓延への対応を含めて、今後の病院建築の進路について考えます。

1. 求められる全室完全個室化

前回述べたように、古代から20世紀までの病院の歴史には5つの波がありました。では、第6波となる21世紀以降の病院はどうなるのでしょうか。Covid-19感染症対策に関して、建築の面から見た問題としては、まず個室病室の不足がありました。福祉介護の分野では、特別養護老人ホームを見ても分かるように、大抵は個室です。ところが、病院では「個室は贅沢だ」という古い考えをいまだに引きずっています。明治時代では、有料病院には個室が、無料の慈善病院には大部屋が中心でした。このため、個室は裕福な人たちが入る所であり、その他の社会階層の人たちには、大部屋が一般的と考える風潮となりました。

一方、カナダの病院を見ると個室は当然であり、入口には手洗い器があります。これは患者用ではなく、看護師や医師が出入りに際して使うもので、しっかりとした感染症対策がとられています(図1)。

図1:オタワ総合病院、病室入口のスタッフ用手洗い器(写真:筆者撮影)
図1:オタワ総合病院、病室入口のスタッフ用手洗い器(写真:筆者撮影)

日本では、第1回で紹介した足利赤十字病院(2011年竣工)が、一般病床を全室個室としました(図2)。トイレや手洗い器も、個別にあります(計画には筆者も関わりました)。感染対策が容易なため、Covid-19感染症の患者も数多く受け入れました。移転新築から11年の間、病床稼働率は90%を超えています。院内動線も分離できるため、Covid-19感染症患者の受け入れ後も、これまで通り一般患者の入院診療が可能でした。

図2:足利赤十字病院、個室病室(資料提供:日建設計)
図2:足利赤十字病院、個室病室(資料提供:日建設計)

日本初の全個室の病院は、1992年に全面改築された聖路加国際病院で、約半分の病室には差額室料がかかります。次が、足利赤十字病院で、無料の個室(全体の60%)と、差額室料の個室(全体の40%)があります。その後、2014年には県立病院では初めて下呂温泉病院が、2016年には社会医療法人で初めての北九州総合病院と、市立病院で初めての加賀市医療センターが、全個室の病院として竣工しました。この3病院では、差額料金は徴収していません。

こうした変化は、アメリカでも10年程前から見られます。「病院は全病室をICU化すべきだ」という考えで、アキュイティ・アダプタブル・ルーム(AAR: Acuity Adaptable Room)と呼ばれる個室病室が増えています。大規模な手術でなければ、患者の移動をせずに病室で処置ができるようになっています。

Covid-19のようなパンデミックにおいては、病院は全室個室化すべきだと考えます。日本における病院建築の障害は、第4回の病棟部門で述べたように、看護単位が大き過ぎることです。多くの病院で50床の病床を抱えています。前述の足利赤十字病院では、1看護単位は35床です。病院スタッフの意見を聞いても、これまでに大きな問題は起きていないということです。ちなみに19世紀のナイチンゲール病棟は、看護師長の観察が行き届く規模として、看護単位を30床にとどめています。

近年の医療機器やIT機器の進展によって、個室の患者観察はさらに容易になっています。全室個室化をすぐに達成することは困難なため、現状の建築的課題を3つ挙げます。

1つ目は、空調システムです。空調とは、もともと冷暖房と機械換気を同時に行うシステムであるものの、実際は経済性を考慮して、温めたり冷やしたりした空気を全て排出せず、およそ半分はフィルタを通して室内に戻しています。ただし解剖室やRI(放射性同位元素)管理区域など特殊な部屋だけは、完全に空気を入れ替える規定になっている一方、その他の部屋はそうなっていません。今後は、利用者にとって病室の換気状態の見える化が必要といえます。2つ目は、トイレです。院内感染を防ぐには、トイレも病室に付設しなければなりません。3つ目は、感染者受け入れ動線と汚染区画を、非汚染エリアと分離することです。これらが、当面の建築的な感染対策として重要になります。

既存の病院を、このような条件に合わせて改装するには時間を要します。日本では、感染者用の独立病棟を新設した例もありました。また、イギリスのマンチェスターでは、かつての駅舎(ガラス張りの高い天井を持つターミナル駅)をNHS (National Health Service:国営医療制度)ナイチンゲール病棟と呼んで、Covid-19感染者用に使用しました。

2. 健康のための「健院」

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3. 健院の3要素、自然・空間・社会

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