人が関わる産業分野では、ヒューマンエラーによる事故が絶えません。前回は、ヒューマンエラーの発生メカニズムや、エラーがなぜ事故につながるのか、について解説をしました。今回は、ヒューマンエラーの種類とそれぞれに対する対策、さらには安全管理体制・組織づくりについて、人間工学の視点から解説します。
1. ヒューマンエラーの種類とその対策
一口にヒューマンエラーといっても、さまざまな種類が存在します。その種類に応じて、取るべき対策も異なります。第2回では、人間が周囲の状況に応じて行動するプロセスについて紹介しました(図1)。それぞれの過程で起こりうるヒューマンエラーは異なります。

(1)知覚エラー
そもそも周囲の状況に気付かないというエラーです。図2を見てください。火災に遭遇した場合、この廊下で消火器の存在にすぐに気付けるでしょうか?人間は視野に入っていないものに気付くことは困難です。また視野内でも、視野の中心から外れれば、気付きにくいという特性があります。人間に気付かせるためには、モノ、情報(注意書きや表示など)の配置、表示の仕方を工夫する必要があります。

(2)理解のエラー
(1)で、仮に周囲のモノや情報に気付いたとしても、それを正しく解釈できるとは限りません。図3を見てください。駅の案内板で、トイレを求めて急いでいるとしましょう。図3の表示を見て、うっかり右方向に進んでしまうかもしれません(正しくは左方向)。人間は情報を解釈する際に、近くに存在するモノ同士を一つの群と捉えます(ゲシュタルトの近接の法則)。このような情報に接すると、人は、トイレは右だ、左だ、と解釈にバラツキが出てしまうのです。

こうした理解のエラーは、人間同士のコミュニケーションエラーにも関わっています。コミュニケーションエラーの原因の一つは、相手の言葉を正しく理解・解釈できないことです。例えば、この時計をなおしておいて、と指示されたとします。日本の一部の地域の人は、時計を机などにしまうこと、と解釈します。その他の地域の人は、時計を修理すること、と解釈します。このように同じ言葉でも人によって理解・解釈が異なる場合があります。よって、人によって情報の解釈にバラツキが出ないように、情報の提示方法を工夫したり、「なおす」が何を意味しているのか、といった情報を理解するための前提を事前に共有しておいたりすることが重要です。
(3)意思決定のエラー
(1)、(2)で、仮に情報に気付き、それを正しく解釈できたとします。しかし、その後にすべき行動を正しく選択できないケースがあります。例えば、登山中、あと少しで山頂にもかかわらず天候が崩れてきたとします。ここまでとても苦労して登ってきたのだから、そのまま進もう!と意思決定をし、そのまま遭難するケースがあるかもしれません。この場合、正しい意思決定は、引き返すことでしょう。この例のように、これまで費やしてきた多くの時間・労力・金銭などを無駄にしたくないという心理から、つい危険な意思決定をしてしまうケースがあります。こうした人間特性を、認知バイアスといいます。認知バイアスにはさまざまな種類がありますので、ぜひ調べてみてください。
では、もう一つ意思決定エラーの例を示します。前述のケースで、恐ろしい登山チームリーダーが間違った意思決定(そのまま進もう!)をしたとします。周りのメンバーは引き返した方が良いと思っていましたが、リーダーが怖いので、指摘することを躊躇しました。このように、相手の権威、権力があまりにも大きい場合、チームとして正しい意思決定ができなくなることがあります。
人間にはどのような認知バイアスがあるのか、そして自分にはどのようなバイアスの傾向があるのか、について知っておくことは安全への一歩となります。また、チーム作りでは、権威、権力のバランス(権威勾配)を適切に保つことが重要です。
(4)行動のエラー
(1)~(3)で、仮に情報に気付き、正しく解釈し、正しい意思決定ができたとします。しかし、最後の最後で、行動を誤ってしまうケースがあります。行動エラーの代表例の一つに、取り違いが挙げられます。医療で例を挙げると、患者取り違い、薬剤取り違い、検査時の検体の取り違いなどがあります。日常生活でも、スーパーAのレジで、スーパーBのポイントカードを出してしまう、ということがあるでしょう(少なくとも筆者は何度もあります)。こうした取り違いは、本人に原因を聞いても分からないことが多いです。なぜならば、意思決定(Aのカードを出そう!)は正しいにも関わらず、無意識に正しくない行動(Bのカードを出す)を取ってしまったからです。また、取り違いは業務に熟練した人でも起こしやすいことが特徴です。ここでは、整理整頓などといった、取り違いをしづらい環境の整備が重要となります。
次に、意図しない思い違いも、行動エラーの代表例といえます。例えば、仕事帰りに寄り道をして買い物をするつもりが、そのままいつも通りに帰宅してしまう、といったケースです。普段あまり行わない行動パターンを意思決定した際に、つい無意識に、普段よく行う行動パターンに置き換わって実行してしまうエラーです。これをスリップと呼びます。
さらに、失念(し忘れ)も行動エラーの代表例です。意思決定した行動をやり忘れることです。例えば、前述のように買い物をすること自体を忘れるのも失念ですが、買うべきものの一部を忘れることも失念です。こうしたケースでは、買い物リストのようにチェックリストを作るなどして、大事なことは記憶に頼らないようにすることが重要です。また、リストに対して指差呼称(確認対象を指でさし、声に出して確認)することで無意識の行動を意識化し、スリップを防ぐことが重要です。さらに、失念するとその先のステップに進めないようにする仕組み作り(フールプルーフ)も有効な対策です。例えば、自動車はブレーキペダルを踏まなければエンジンはかかりません。ブレーキを踏むという行動を失念すると、その先に進めないのです。
2. 安全管理体制・組織づくり
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