人が関わる産業分野では、ヒューマンエラーによる事故が絶えません。今回から2回にわたり、ヒューマンエラーの発生のメカニズムや、エラーの種類とその対策、さらに安全管理体制・組織づくりについて、人間工学の視点から解説します。今回は、安全やヒューマンエラーの定義について解説し、さらに、エラーがどのように事故をもたらすのかについて説明します。
1. 安全とは?
日々の生活の中で、私たちは安全という言葉を多く耳にします。では、安全とはどういう状態のことを指すのでしょうか?その定義の一つとして、「安全は、許容不可能なリスクがないこと」が挙げられます(ISO/IECガイド51:2014)。リスクとは、人身に危害をもたらすシステム内の要素(ハザード)やシステムの安定運用を脅かす脅威のひどさと、それらの発生確率の積で表されます(図1)。

ハザードや脅威については、後ほど説明します。ここで重要なのは、安全≠ゼロリスクということです。私たちが社会活動、生活を行う上で、大なり小なりのリスクは付き物です。それを0にすることは不可能といえます。そこで、社会的に受け入れられる程度まで、リスクを可能な限り下げることを目指すのが安全活動です。
ハザードは、例えば、原発システムであれば核物質、電化製品であれば電気など、人との接触を避けるべき要素のことです。脅威は、システムの安定的な運用を脅かす存在であり、次のような種類があります。例として、安定的な医療の提供に対する脅威の一例を示します。
- ・社会的脅威:粗暴な患者、電子カルテを狙うコンピュータウイルス、エネルギーコストの上昇など
- ・自然要因:地震、津波、台風、大雪、新型コロナウイルスなど
- ・技術要因:導入したての医療機器の初期不良、設備の老朽化など
- ・計画要因:新型コロナウイルスによる想定を上回る患者の急増など
- ・人的要因:ヒューマンエラー、ルール違反、欠勤、手抜きなど
ここで着目したいのが、人的要因です。産業界のさまざまな製品、サービス、システムを利用するのは人です。一方で、それを作り、動かしているのも人です。そのため、ヒューマンエラーやルール違反、手抜きなどといった人の行為が、システムの脅威となり、事故のリスクを上げ、安全を脅かすことになるのです。よって、ヒューマンエラーのひどさ、発生率を下げるような活動が、安全のための重要な一手になります。
2. ヒューマンエラーとは?
そもそも、ヒューマンエラーとは何なのでしょうか? 図2を見てみましょう。電車内で、高齢者に席を譲るという目的で、左右の男性が同じ行動をしています。ところが、左では感謝され、右では怒られてしまいました。右の状態は、席を譲られることを望まない人に対しての行為だったため、ある意味ヒューマンエラーといえそうです。

ヒューマンエラーの特徴として、「同じ形態の行動であっても、システムが許容する範囲によって、結果的にヒューマンエラーとなる場合もならない場合もある」ことが指摘されています(参考:臼井伸之介、産業安全とヒューマンファクター(1)-ヒューマンファクターとは何か、クレーン、Vol.33、No.8、1995、P.2-7)。例えば、図2の左右の男性は同じ行動を取っているにも関わらず、左はGood Job、右はヒューマンエラーになってしまっています。また、ヒューマンエラーの定義の一つとして、「達成しようとした目標から、意図せずに逸脱することになった、期待に反した人間の行動」が挙げられています(参考:黒田勲、「信じられないミス」はなぜおこる-ヒューマンファクターの分析、中央労働災害防止協会、2001)。右側の状況では、電車内で高齢者に席を譲る、という目標から意図せずに逸脱してしまったので、ヒューマンエラーといえるのです。
つまり、目標から逸脱し、悪い結果に至った場合に、後から「あれはヒューマンエラーだったね」と評価できるわけです。よって、ヒューマンエラーはあくまでも、起こったことの結果といえます。
結果には必ず原因があります。人間工学では、ヒューマン(人間)の特性を理解し、ヒューマンエラーの発生原因、メカニズムの解明をした上で、安全活動の提案を行います。
3. ヒューマンエラーと事故の発生メカニズム
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