製品・サービスの設計開発を支援する人間工学:人間工学の基礎知識4

人間工学の基礎知識

更新日:2023年3月7日(初回投稿)
著者:自治医科大学 メディカルシミュレーションセンター 講師 前田 佳孝

前回は、快適な労働を支援するために、人間工学に求められる主要な検討事項について解説しました。私たちの身の回りには、さまざまな製品やサービスが存在します。それは、生活家電や産業用機器などのハードウェアから、PCやスマートフォンなどで作動するソフトフェア、さまざまな便益や体験をもたらすサービスといった無対物まで、多岐にわたります。今回は、人々が求めるモノ・コトを、人間工学的に実現するための検討プロセスについて解説します。

1. 人間中心設計(human-centered design:HCD)

人間工学は、人間を中心としたモノ・コトづくりを行う科学技術です。それを実践するためのプロセスを示したものが、ISO 9241-210人間中心設計プロセスです(図1)。これはもともと、コンピュータなどを使った対話型システム(インタラクティブシステム)を設計開発する際の流れをまとめたものです。このプロセスは、人間工学に基づいた多くの製品、サービスの設計開発で活用することが可能です。

図1:人間中心設計プロセス human centered design:HCD(ISO 9241-210)
図1:人間中心設計プロセス human centered design:HCD(ISO 9241-210)

(1)人間中心設計プロセスの計画

まず、プロジェクトにおいて何を実現したいのかを明確にし、関係者間で共有します。また、設計開発したいモノ・コトの新規性や独自性、業界における立ち位置などを明確にしておく必要があります。さらに、プロジェクトの目標達成のために、人間中心設計が必要であることを関係者間で共通認識しておくことが重要です。

(2)利用状況の把握と明示

次に、設計開発するモノ・コトを、誰が、いつ、どこで、どのように利用しうるのかを明確にしておく必要があります。

  • 誰が:モノ・コトを主体的に使用するユーザーだけでなく、使用によって影響を受ける者や、その場に居合わせる同席者なども含みます。そして、それらの人間の特性と、開発しようとしているモノ・コトの特性を、それぞれ明らかにする必要があります。
  • いつ、どこで:物理的環境、設置場所、使用時間帯、使用規則、利用者意識などを広範に含みます。
  • どのように:ユーザーが達成を望む目標と、それを達成するために行われるタスクを明確にします。

これら利用状況を把握するためには、想定されるユーザーの観察、インタビュー、アンケートといったユーザー分析に加え、タスク分析などが有効です。例えば、階層的タスク分析(hierarchical task analysis:HTA)では、ゴールを達成するためのタスクを、プロセスと動作にブレイクダウンしていきます。

(3)ユーザーの要求事項の明示

設計するモノ・コトに要求される条件を定義します。インタビューやアンケートを通じてユーザーに直接尋ねる方法や、ペルソナを作成して要求事項を推定する方法などがあります。ペルソナとは、典型的な架空ユーザーのプロフィール、人物像を記述したものです(図2)。これを複数体作成し、それらペルソナがモノ・コトを利用するシーンやストーリーを具体的に記述していくことで、要求事項の明確化に役立ちます。

図2:ペルソナの作成例
図2:ペルソナの作成例

(4)ユーザーの要求事項に適合する設計解の作成

続いて、ユーザーの要求事項に適合するモノ・コトの具体的な設計を行います。例えば、品質機能展開(Quality Function Deployment:QFD)を活用することができます。QFDでは、ユーザーの要求事項を実現するために、モノ・コトにおけるどのような技術特性を、どのレベルで実現する必要があるかを明らかにします。これにより、要求事項と技術特性の対応関係を明らかにすることができます。また、要求事項を漏れなく設計仕様に落とし込めることで、設計開発生産工程を具体化することが可能です。

(5)要求事項に対する設計解の評価

最後に、利用状況の把握、要求事項の抽出に漏れや不適切な点がないこと、さらに、設計解により要求事項が達成できることを評価します。その代表的な方法がユーザビリティテストです。ユーザビリティとは、「ある製品が、指定された利用者によって、指定された利用の状況下で、指定された目的を達成するために用いられる際の、有効さ、効率及び利用者の満足の度合い」と定義されています(ISO 9241-11、JIS Z 8521)。すなわち、設計したモノ・コトが効果的かつ効率的に要求事項を達成でき、ユーザーに満足を与える場合、それは良いユーザビリティのモノ・コトといえます。具体的には、モノ・コトの利用が想定されるモニターユーザーや、ユーザーのさまざまな特性を理解して、評価に関する訓練を受けたユーザビリティ専門家が、試用を通して評価する方法があります。

人間中心設計プロセスでは、この評価結果に基づき、必要に応じて「利用状況の把握と明示」「ユーザーの要求事項の明示」「ユーザーの要求事項に適合する設計解の作成」を繰り返していきます。こうした丁寧かつ綿密な検討によって、人間の特性や要求事項に沿ったモノづくり・コトづくりを行うことが可能になります。

2. 利用者の要求を探ろう:行動・行為の観察

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