快適な労働を支援する人間工学:人間工学の基礎知識3

人間工学の基礎知識

更新日:2023年2月14日(初回投稿)
著者:自治医科大学 メディカルシミュレーションセンター 講師 前田 佳孝

前回は、人間工学とは人間中心のモノ・コトづくりを行う科学技術であると紹介しました。労働者が安全かつ効率的に、高品質な仕事を行うことは、どの産業分野でも重要な課題です。この課題の解決において、人間工学は重要な役割を果たします。今回は、労働の場を人間中心で設計するための主要な検討事項である作業手順設計、作業用の機器・道具と環境の設計、効率的な技能の伝承について解説します。

1. 人間中心の労働設計

前回、さまざまなモノ・コトが人間を取り囲んでいることや、それを簡潔に表したSHELモデルを紹介しました。労働の場における人間中心に設計するための主な検討事項を、このSHELモデルを用いて説明します(図1)。

図1:労働において人間を中心に検討すべき事項(参考:Hawkins, F.H., Human Factors in Flight. Routledge, London, 1987のSHELモデル)を改変
図1:労働において人間を中心に検討すべき事項(参考:Hawkins, F.H., Human Factors in Flight. Routledge, London, 1987のSHELモデル)を改変

労働の場において、人間(労働者)が作業を正確かつ効率的に行うためには、以下のSoftware、Hardware、Environment、Livewareの4つの要素に配慮した労働設計が必要と考えられます。

・Software

労働における、作業そのものの手順やルールを検討する必要があります。具体的には、ムリやムダが生じにくく、作業のムラが起こりにくい作業手順の設計が必要です。

・Hardware

労働者が用いる道具や機器、設備などが、労働者の特性に適合した使いやすいものであり、かつ円滑で正確な作業の遂行に貢献するものである必要があります。

・Environment

作業場所の明るさや騒音などといった作業環境を、円滑で正確な作業の妨げにならないようにする必要があります。

・Liveware(自分自身、当事者)

作業の遂行に必要な知識やスキル、態度が、労働者間で十分に共有・教育されている必要があります。

以上の4要素について、次章から具体的に説明します。

2. ムリ・ムダ・ムラのない作業手順設計

Softwareである作業手順やルールが、人間特性に沿って整備される必要があります。まず、作業のムリをなくすために、疲労と休憩の管理が必要です。疲労の原因には、身体的負担と精神的負担によるものがあります。身体的負担は、重労働や、デスクワークなどで同じ姿勢を続けたことによる筋負担などが挙げられます。精神的負担は、集中や緊張状態が続くことによる神経的な負担などです。逆に、単調な作業の連続においても疲労に似た症状が生じます。いずれの負担も、それが強度であり、かつ繰り返されることで疲労が蓄積していきます。疲労は4種類(急性、亜急性、日周性、慢性)に分類でき、休憩の在り方が労働基準法などでも定められています(図2)。

図2:疲労の分類と、その休憩管理の在り方(参考:小松原明哲、安全人間工学の理論と技術 ヒューマンエラーの防止と現場力の向上、丸善出版、2016)を基に作成
図2:疲労の分類と、その休憩管理の在り方(参考:小松原明哲、安全人間工学の理論と技術 ヒューマンエラーの防止と現場力の向上、丸善出版、2016)を基に作成

特に急性、亜急性、日周性疲労については、労働時間の長さや休憩の挿入の仕方などを検討する必要があります。例えば、情報機器を用いた作業時間や休憩時間については、2019年に厚生労働省がガイドラインを策定しており、「一定連続時間が1時間を超えないようにし、10~15分間の作業休止時間と1~2回程度の小休止を設けること」が推奨されています。特に、COVID-19の影響でテレワークが普及した今、作業管理、休憩管理の在り方は重要な検討課題であると考えられます。

次に、作業のムダ・ムラをなくし、能率的な作業を行うためには、作業の標準化が必要です。例えば、作業の標準時間を算出することは重要です。標準時間は、正味時間(作業に絶対的に必要な時間)に余裕時間を加えたものです。例として、工場での作業における正味時間は、ストップウォッチ法やPTS(Predetermined Time Standard)法などを用いて算出されます。ストップウォッチ法は、ストップウォッチを用いた観察によるもの、PTS法は、作業を人間の基本動作に分解し、各基本動作にあらかじめ定められた時間から、合計の正味時間を算出するものです。基本動作(例:指先で行うつかみ動作など)にかかる時間は個人差が少ないため、あらかじめ定めておくことが可能なのです。こうした標準化によって、作業時間の見積もりなどが可能になり、労働の質の向上につながります。

3. 作業用の機器・道具と環境の設計

労働者が用いる道具や機器、設備(Hardware)、および作業環境(Environment)は、人間特性に沿って設計される必要があります。例えば、厚生労働省は「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」を定めており、その中でテレワーク時の照明(机上の照度300ルクス以上)、空調(室温17~28℃、相対湿度40~70%)などに関する目安を示しています。人間工学の専門家は、騒音、照明、室温などの環境や、椅子、机、工具、PCなどの道具が人間の作業や健康に与える影響について、さまざまな産業分野を対象に検討を続けています。本記事では紹介しきれないほど幅広く検討されているため、詳しくは「情報機器作業における労働衛生管理のためのガイドライン(厚生労働省)」や、人間工学に関わるISO、JIS規格等(日本人間工学会がまとめた「人間工学ISO/JIS規格便覧」)を参照してください。

4. 技能伝承

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