人間工学とは:人間工学の基礎知識1

人間工学の基礎知識

更新日:2022年11月29日(初回投稿)
著者:自治医科大学 メディカルシミュレーションセンター 講師 前田 佳孝

皆さんは人間工学という言葉を聞いて、何を思い浮かべますか。巷(ちまた)には、人間工学に基づく椅子、靴、リュックなど、さまざまな製品があります。多くの人はこうした製品に、疲れにくく、使いやすいというイメージを持つでしょう。では、そもそも人間工学とは何なのでしょうか。実は、その歴史は古く、幅広い産業分野で活用されています。本連載では、人間工学の基礎知識について解説します。第1回は、人間工学の定義と研究領域、歴史的経緯について紹介します。

1. 人間工学の定義と対象領域

人間工学は、「人間が使用する道具・機械・システム、あるいは人間が行う作業・活動を、人間のさまざまな特性や特徴に適合するように、これらを使いやすく、あるいは作業しやすくするための基礎的、そして応用的な技術・方法論」と定義されています(引用:伊藤謙治・桑野園子・小松原明哲編、人間工学ハンドブック、朝倉書店、2012、P.2)。例えば、人間工学に基づいた椅子などは、人間が使用する道具を、人間のさまざまな特性や特徴に適合するよう、使いやすく設計したものといえます。

ここで注目したいのは、人間工学が道具・機械・システムといった「モノ」だけでなく、人間が行う作業・活動といった「コト」についても取り扱うという点です。人間工学の国際的な学会である国際人間工学連合(IEA:International Ergonomics Association)では、人間工学の主な研究分野を、Physical Ergonomics、Cognitive Ergonomics、Organizational Ergonomicsの3つの分類に定めています(図1)。

図1:人間工学の3分類(International Ergonomics Association, What Is Ergonomics (HFE)?を一部改変)
図1:人間工学の3分類(International Ergonomics Association, What Is Ergonomics (HFE)?を一部改変)

・Physical Ergonomics

Physical Ergonomicsとは、人間の身体的特性を、モノやコトの設計に反映する研究分野です。例えば、解剖学、人体測定学、生理学、生体力学などをベースに、作業時の姿勢や筋骨格負担、作業レイアウト、道具の設計、身体の安全や健康などを検討します。

・Cognitive Ergonomics

Cognitive Ergonomicsとは、人間の認知的な特性を、モノやコトの設計に反映します。認知的特性とは、人間の五感、記憶、注意、運動反応、学習、主観的な作業負荷といった、内的な特性のことを指します。例えば、操作者である人間の認知的特性に適合した、機械やシステムの設計などを検討します。

・Organizational Ergonomics

Organizational Ergonomicsとは、集団や組織、社会における人間の特性を、モノやコトの設計に反映します。人間工学が対象とする人間は、個人に限りません。例えば、チームワークやコミュニケーションなどの特性に沿って、チームでの作業、労働時間、テレワークの設計や、安全を念頭に置いた組織作りなどについて検討します。

このように人間工学は、人間中心のモノ・コトづくりを行う科学技術です。そのため、人間工学の実践は、特定の産業分野に特化したものではありません。エネルギー、生産、物流、輸送、金融、情報通信、医療など、人が関わる幅広い産業分野にわたります。人間工学の研究領域は非常に広いので、本連載はその基礎として、次回から、人間特性を考慮したモノ・コトづくり、快適な労働を支援する人間工学、製品・サービスの開発と設計を支援する人間工学、安全を支える人間工学の内容に焦点を絞って解説します。

2. 人間工学の歴史

人間工学の起源は、Ergonomics(エルゴノミクス)とHuman Factors(ヒューマンファクターズ)の2つといわれています(図2)。

図2:人間工学の起源
図2:人間工学の起源

Ergonomicsは、18世紀の産業革命以降、ヨーロッパを中心に発展してきました。この言葉は造語で、ギリシャ語のergon(労働)、nomos(法則)に由来します。Ergonomicsはその名のとおり、労働者の疲労や休憩、労働時間、安全といった作業、作業環境、健康に関わる労働衛生管理を主軸に置いた学問でした。

一方、Human Factorsは、20世紀の第二次世界大戦以降、アメリカを中心に発展してきました。第二次大戦中、新開発した航空機の機器設計に起因するパイロットのエラーが多く報告されたといわれています。こうした機械側の問題を、心理学を応用して解決しようとしたことが、Human Factorsの起源とされます。その後、研究の対象は広がり、人間が扱う多くの機器・システムの操作における安全性や効率性の向上、疲労・負担の軽減を主軸においた学問が発展しました。

これら2つの学問分野は、いずれも人間中心のモノ・コトづくりを行うものです。そのため、近年では融合され、図1の3つの領域(Physical Ergonomics、Cognitive Ergonomics、Organizational Ergonomics)が主な研究分野となっていきました。その証しとして、人間工学の学術研究団体である日本人間工学会の英語表記は、「Japan Human Factors and Ergonomics Society」となっています。

いかがでしたか? 今回は、人間工学が人間中心のモノ・コトづくりを行う科学技術であること、そして、その研究領域は幅広く、3つに分類されていること、さらに、その歴史的経緯を紹介しました。次回は、人間特性を考慮したモノ・コトづくりについて解説します。お楽しみに!

参考文献:
小松原明哲、辛島光彦、マネジメント人間工学、朝倉書店、2008