人はモノで動くか?:行動経済学の基礎知識8

行動経済学の基礎知識

更新日:2022年12月6日
著者:関西学院大学 経営戦略研究科 教授 池田 新介

前回は、プロスペクト理論に沿って、リスク下の行動に見られる私たちの行動バイアスを紹介しました。今回は、インセンティブとモチベーションの関係を取り上げます。職場や学校で人々のやる気や努力を引き出すためには、どのようなインセンティブを用意すればよいのでしょうか。

1. 少しでは動かない

そもそも職場で私たちが働くのは、その見返りに賃金が支払われるためです。それでは、なぜ頑張る、頑張らないという違いが現れるのでしょうか。労働経済学では、その頑張り、つまり働き手の生産性は、会社がどれだけ相場よりも高い報酬を支払ってくれるかで決まると考えます。雇い手が、高めの報酬というご褒美を払うことに対する返礼として、働き手は普通以上に頑張って、高い生産性を発揮しようとするわけです。

つまり、職場は、高い報酬と高い生産性を交換する、いわばギフト交換の場であるといえます(図1)。その場合、どのような報酬を、どの程度提供すれば、働き手は大きなギフト、つまり大きな努力や高い生産性を返してくれるのかということが問題になります。

図1:高「報酬」というギフトに高「生産性」というギフトで応える
図1:高「報酬」というギフトに高「生産性」というギフトで応える

しかし同時に、人は少しくらい高めの報酬をギフトとしてもらっても、それに見合う頑張りを返すわけではないということが、仕事の現場やラボでの経済実験から分かっています。

例えば、大学の図書館でアルバイト学生24人に、書名の電子入力作業をしてもらうという、有名なフィールド実験があります(参考:Gneezy and List、Putting Behavioral Economics to Work: Testing for Gift Exchange in Labor Markets Using Field Experiments、Econometrica 74、2006年)。もともとは、時給12ドル(約1,500円)で6時間働いてもらう契約です。それに対し、半数の学生に時給を20ドル(約2,500円)に引き上げることを、仕事の直前に伝えます。つまり、6時間分にして48ドル(約6,000円)のボーナスを学生に支払うということです。

このギフトをもらった学生たちは、もらわなかったもう半分の学生に比べて、どの程度高い生産性を示したでしょうか。結果は、次のとおりです(図2)。ギフトをもらった学生は、期待どおり、高い生産性で入力作業を始めます。しかし、その頑張りは時間の経過とともに尻すぼみになり、最後の90分になるころには、その作業量は、ギフトなしグループと全く変わらなくなりました。

図2:金銭によるインセンティブ効果は続かない(参考:Gneezy and List、Putting Behavioral Economics to Work: Testing for Gift Exchange in Labor Markets Using Field Experiments)の結果から著者作成
図2:金銭によるインセンティブ効果は続かない(参考:Gneezy and List、Putting Behavioral Economics to Work: Testing for Gift Exchange in Labor Markets Using Field Experiments)の結果から著者作成

6時間の入力合計数では、ギフトありグループの方が多かったのは当然としても、6割増し以上の時給を支払った割に作業量は伸びませんでした。ボーナスを払う代わりに、その金銭で採用人数を増やしていれば、はるかに高いパフォーマンスが得られていたことがデータから確認できます。

このように、金銭的な形でインセンティブを増やしてもその効果は長続きせず、全体としてコスパが悪いというのが、この種の実験に共通した結果です。少々お金をもらうぐらいでは、人のモチベーションは高まらないのです。

もちろん、お金やモノが、人のモチベーションに全く影響しないわけではありません。お金やモノが十分に大きければ、持続的な努力や頑張りを引き出せることが分かっています。カリフォルニア大学サンディエゴ校のウリ・ニーズィーは、金銭でインセンティブを付ける要領を「払うならドカッと、そうでなければ払うな」とまとめています(参考:Gneezy and Rustichini、Pay Enough or Don't Pay at All、Quarterly Journal of Economics 115、2000年)。しかし、ドカッと払った場合が、それをせずに人を増やした場合より仕事量の合計が増えるかというと、そこまでの確証は得られていません。

また、賃金で人のモチベーションをコントロールする別の方法として、成果が悪い場合に報酬を減額する仕組みを導入することが考えられます。しかし、報酬の減額という、ディスインセンティブ(逆のインセンティブ)を課すこの方法は、大きな逆効果を生むことが知られています。報酬が一度減額されると、努力するモチベーションが大きく損なわれて、報酬が元に戻っても、生産性が戻るのに時間がかかってしまうのです。もちろん報酬が下がらないように頑張る人もいるのですが、そうした生産性へのプラスの効果は、マイナスの逆効果をカバーするほど大きくないことが報告されています(参考:Kube et al.、Do Wage Cuts Damage Work Morale? Evidence from a Natural Field Experiment、Journal of the European Economic Association 11、2013年)。

これらの結果から分かるように、お金やモノで人のやる気や生産性を上げる方法は、コスパの点でも簡便さの点でも問題があるようです。

2. お金がやる気をそぐ可能性

金銭というインセンティブで人を動かす方法は、モチベーションの観点からも問題があります。以下は、前出のニーズィーが伝えるエピソードです。多くの保育所が抱える悩みの一つに、親のお迎えの遅刻があります。親がお迎えに遅れると、保育所では時間外の勤務が増えて費用がかさみます。そこでイスラエルのある保育所では、親が10分以上遅刻した場合に、約300円の罰金を科すことに決めました。罰金というディスインセンティブ(させないためのインセンティブ)を課すことで、遅刻を減らそうという算段です。

結果はどうなったでしょうか? 予想に反して、親たちの平均遅刻時間は、罰金導入によって10分から20分へと、ほぼ倍増する結果になりました。罰金は逆方向に効いてしまったのです。

なぜ、そうなったのでしょうか? 親の気持ちになれば、簡単に分かると思います。それは、親たちが、罰金を払えば遅刻が許されると考えるようになったためと考えられます。罰金が導入されるまで、遅刻は保育所への迷惑行為と考え、できるだけ遅れないように努めてきました。しかし、罰金制になると、遅刻は罰金300円として制度的に価値付けされてしまい、迷惑を掛けないようにしようという内発的(自主的)なモチベーションが損なわれたのです。

このように、お金やモノによって外部から設定されたモチベーションが、内発的なモチベーションを押しのけてしまうことを、アンダーマイニング(阻害)効果といいます(図3)。安易にお金やモノでインセンティブやディスインセンティブを付けると、本来持っていた高い志などの内発的なモチベーションが台無しにされてしまう可能性があります。

図3:アンダーマイニング効果
図3:アンダーマイニング効果

ボランティアなどの社会貢献活動にインセンティブを付ける場合には、特にアンダーマイニング効果が働きやすいため、安易にお金やモノでインセンティブを付けることには注意が必要です。子供を育てる上でも同じです。家の手伝いや勉強をさせるために、小遣いやモノの形でインセンティブを付ける習慣をつけると、彼らが本来成長のエンジンとしなければならない、独立心や、家族愛、将来の夢の実現への志といったモチベーションが損なわれる危険があります。

3. 気は心

続きは、保管用PDFに掲載中。ぜひ、下記よりダウンロードして、ご覧ください。