自滅を避けるには?:行動経済学の基礎知識5

行動経済学の基礎知識

更新日:2022年1月25日
著者:関西学院大学 経営戦略研究科 教授 池田 新介

前回は、自滅的な選択を引き起こす原因として、現在バイアスという選択バイアスについて解説しました。現在バイアスの下では、「さき」(将来)の利益を優先させようとするアリ的な自分と、「いま」(現在)の利益を優先させようとするキリギリス的な自分の間で矛盾が生じ、それが自滅選択につながっていきます。では、こうした矛盾を克服して、選択の質を改善するにはどうすればよいでしょう。今回は、現在バイアスと自滅選択のメカニズムを知った上で、自滅選択に対処するための方法を解説します。

1. 将来の緩い自分を自覚する

現在バイアスの問題を抱えている人は、何よりもまず、将来の自分が今考えているよりもずっと緩い人間(=キリギリス)だということを正しく自覚しなければなりません。面倒な仕事を後回しにしたいという誘惑に負けないで、今日のうちに仕事を終わらせる人がいるのは、明日になればまた同じ状況になる(後回しにしたくなる)と自覚しているからです。

このように、現在バイアスの落とし穴をしっかりと自覚している人を、行動経済学の世界では、「賢明(ソフィスティケイテッド)」な人と呼び、自覚していない人を「単純(ナイーブ)」な人と呼びます。単純な人と賢明な人では、おのずと選択のパフォーマンスが違ってきます。

現在バイアスの下では、先のことを計画する自分はアリのように将来指向的です。しかし、時間を経て実行する段階になると、こらえ性のないキリギリスに変身します。単純な人とは、キリギリス的な将来の自分を過信している人です。その過信から、単純な人は衝動的な計画外の行動を取ります。ビジネスでも私用でも、約束事をドタキャンしたり締め切りを守らなかったりする人は、単純な人だと疑うべきです。

これに対して、現在バイアスのわなを自覚している賢明な人の場合、大きく2つの点で行動が異なってきます。第一に、将来の自分の緩さを自覚する賢明な人は、計画を立てる段階で、そんな自分でも実行できる計画を立てます(図1)。キリギリス的な自分にはできないような、一見素晴らしいプランは最初から外して、実現できる選択肢からベストの計画を立てるのです。その結果、賢明な人は、安易に計画変更したり、約束をドタキャンしたりするようなことはありません。ブレることがないのです。

図1:将来の緩い自分を自覚して自滅を避ける

図1:将来の緩い自分を自覚して自滅を避ける

第二に、賢明な人は、仕事にしても、友人との約束事にしても、今それを先送りにして将来の緩い自分に任せてしまうと、結局は自分のためにならないことを自覚しています。そのために、賢明な人の方が単純な人よりも、何ごとも早く済ませることになります。仕事や節制の後回しという現在バイアスの悪影響が単純な人の場合、そのまま分かりやすく行動に出てしまうのに対して、賢明な人の場合にはそれが緩和されます。

現在バイアスの自覚を持つことによってその弊害が大きく緩和されることは、実際にデータでも確認できます。図2は、以前に実施した時間とリスクに関するインターネット調査2010年(池田科研)の結果の一部です。前回(第4回)と同じように、負債(a)、健康(b)、たばこ・酒・ギャンブル(c)における自滅傾向を比べています。ただしここでは、回答者を、まず現在バイアスを示したか示さなかったかで2つのグループに分け、さらに現在バイアスグループを「単純」(自分の後回し傾向を自覚していない)か「賢明」(自覚している)かで分類することによって、合計3つのグループで自滅選択を示す人の比率を比べています。

(d)の自滅指数は、自滅傾向の強さを表すスコアで、(a)~(c)の元データに統計処理(主成分分析)を加えて算出したものです。プラス値は平均よりも自滅傾向が高いことを表し、マイナス値は平均以下であることを示します。「現在バイアスあり」で「単純」なグループが、どの行動でも最も強い自滅傾向を示しているのに対して、「現在バイアスあり」であっても「賢明」な人の場合には、その行動パフォーマンスが「現在バイアスなし」グループと大差ないほどに改善されているのが分かります。つまり、将来の自分がキリギリスだという自覚を持つことで、自滅行動が大きく回避できるのです。

図2:将来の緩さを自覚することで自滅回避

図2:将来の緩さを自覚することで自滅回避(参考:データは「時間とリスクに関するインターネット調査2010年(池田科研)」による。(a)は、Ikeda, S. and M. Kang, 2015, Hyperbolic discounting, borrowing aversion, and debt holding, Japanese Economic Review 66, Table 3より作成。(b)は、Kang, M. and S. Ikeda, 2016, Time discounting, present biases, and health-related behaviors: Evidence from Japan, Economics and Human Biology 21, Table 4より作成、(c)、(d)は本文献のデータからの推定。)

では、どのようして自分の緩さ加減を知ればよいのでしょうか。もちろん本を読んだり、自分の親を観察したりということもあるでしょう。しかし結局は、自分がどの程度ブレやすい人間なのか、言い換えれば、自分のセルフコントロール問題がどれほど深刻なのかは、実生活でブレたりブレなかったりするのを経験する中で初めて分かってくる私的な情報です。

そのために、自分のセルフコントロール問題の深刻さを知るには、自分の自制力を試すようなテストに日々挑戦し、本当の自分の姿を知る必要があります。例えば、毎朝決まった筋力トレーニングを続けるとか、毎月定額の貯金をするなどのタスクを自分に課し、自分のセルフコントロールの実力を知るのです。もちろん成功すれば、健康や蓄財といった実際上の利益が得られます。しかし、仮に失敗しても、自分の実力についてのデータが増え、自分がどの程度ブレやすい人間なのかが多少とも分かってくるというメリットがあります。

ただし、自分のセルフコントロールの実績を客観的に把握することは難しく、注意が必要です。というのは、私たちは、他人に対して、そして何より自分に対しても、自分のイメージ(セルフイメージ)を高く保ちたいといつも考えています。それがモチベーションになり、私たちの行動を律する方向に働く場合もあります。しかし、キリギリスとしての自分は、もっと手っ取り早い方法を取ろうとします。行動の失敗を自分の自制心のなさではなく、外的な要因のせいにしたり、ひどい場合には、情けない本当の自分の姿が分かってしまわないように、後で逃げ道になるようなことをあらかじめ仕込んでおいたりします。

真面目に取り組むべきときに、別の簡単な仕事に時間を割いたり、ことさらに余裕のある(または油断している)ふりをしたりする人は、意識する、しないにかかわらず、自分の実力が暴露してしまうのを避けて、セルフイメージを守ろうとしているのです。セルフハンディキャッピングといわれるこうした行為は、キリギリス的な自分にとっては、仮のイメージが守られるという一時的な利益にはなっても、アリ的な自分が本当の自己を知り、長期的に自分の行動を改善していく上では大きな妨げになります。知的能力の高い人ほど、セルフイメージを保つためのこうしたずるい施策にも巧妙になるので要注意です。

2. 先の自分を縛っておく-プレコミットメント

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3. セルフコントロールの参照点を上げる

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4. セルフコントロールの負担を軽くする

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