ヒューリスティックのわな(後編):行動経済学の基礎知識3

行動経済学の基礎知識

更新日:2021年11月26日
著者:関西学院大学 経営戦略研究科 教授 池田 新介

私たちは、生活やビジネスの場面でさまざまな判断を行うときに、直感、つまりヒューリスティックに頼って判断するためにミスを犯してしまうことがあります。前回は、「代表性=それらしさ」に引っ張られやすいヒューリスティックの危うさについて解説しました。今回も引き続き、ヒューリスティックのわなを取り上げます。今回のキーワードは、目立ちとアンカリングです。

1. 「目立ち」に引きずられる
 -利用可能性のヒューリスティック

私たちには、目に付きやすい情報にとらわれて、物事の起こりやすさを安易に判断してしまう傾向があります。これを利用可能性のヒューリスティックといいます。

例えば、1990年代後半にアメリカを中心に発生したITバブルでは、社名にドット・コム(.com)を付けるだけで、株価が上がりました。投資家たちは、ITのイメージを喚起させる社名に引き寄せられるままに投資をしていたと考えられます。逆に、コロナ禍の中で、「コロナ」という文字が社名に入った会社が、それだけで大きな風評被害にさらされたことは記憶に新しいところです。

私たちが何らかの判断を行う場合、メモリ(記憶)に蓄えられている情報を思い出して判断材料にします。利用可能性のヒューリスティックの「利用可能性」とは、そのときの「思い出しやすさ」を表しています。

これは、メモリという倉庫があり、その中にさまざまな情報が断片的な荷物として格納されているイメージです。倉庫(メモリ)から荷物(情報)を取り出し、判断材料にします。しかし、全ての荷物を一つ一つ取り出して内容を吟味するほど、私たちの熟慮システム(システム2)はマメでもなければタフでもありません。多くの場合、直感システム(システム1)が、目立つ荷物、つまり利用可能性の高い情報だけを手っ取り早く取り出して判断してしまいます。それが利用可能性のヒューリスティックです。

先の例では、ドット・コムやコロナという、倉庫内に目立つように積まれた情報だけを判断の材料として、その会社のパフォーマンスや業務内容を判断してしまったと考えられます。

情報がマスコミやSNSによって伝えられると、その目立ち、つまり利用可能性は急速に高まるので、人々の判断や行動に強いバイアスを与えかねません。例えば、企業の活動がニューヨーク・タイムズなどの主要新聞で取り上げられるだけで、そこにニュース性がなくても株価が大きく反応する傾向が知られています(参考:Huberman and Regev, Contagious Speculation and a Cure for Cancer: A Nonevent that Made Stock Prices Soar, Journal of Finance, 1998)。

新聞からの影響でいえば、次の例は面白いかもしれません。サラ・リヒテンシュタインらアメリカの心理学者は、自動車事故、肺がんなど、さまざまな死因についてのアンケートをとり、各死因で死亡する年間件数を回答者たちに見積もってもらいました。図1は、その件数の見積もりが実際の件数に比べてどのぐらい過大評価されているかを計算し、関連する新聞記事の長さとの関係をまとめたものです。新聞記事に掲載される死因ほど、その件数が過大に見積もられているのが分かります。新聞記事でよく読む死因ほど、想起するのが簡単になる結果、利用可能性のヒューリスティックによってその発生頻度を高く見積もられるものと考えられます。

図1:新聞によく出る死亡原因ほどその件数が過大評価される

図1:新聞によく出る死亡原因ほどその件数が過大評価される(参考:Lichtenstein et al., Judged Frequency of Lethal Events, Journal of Experimental Psychology: Human Learning and Memory 4, 1978より筆者作成)

利用可能性のヒューリスティックの下では、情報に注意が向きにくいような場合、情報に対する反応は逆に弱くなります。その典型的な例が、注意散漫(Distraction)効果と呼ばれる現象です。例えば、企業の利益情報のニュースに対する株価の反応は、株式市場の週末である金曜日の方が、他の平日よりも小さいことが知られています。他の仕事や週末のことで頭が忙しい(つまりシステム2が忙しい)金曜日の場合、企業の利益情報に対する投資家の注意力が散漫になるからです。

実際に、カリフォルニア大学バークレー校(UCバークレー)のステファノ・デラヴィグナらが、アメリカ企業の利益アナウンスと株価の関係を調べています。それによれば、金曜日の利益アナウンスに対する株価の反応は他の日よりも15%小さく、後日への反応の持ち越しが70%も大きくなっています(参考:Dellavina, S. and J.M. Pollet, Investor Inattention and Friday Earnings Announcements, Journal of Finance 64, 2009)。

このことは、2つの点で大きな意味を持っています。第一に、金曜日に企業利益についてのグッドニュースがリリースされた場合、すぐにその株を買えば、平均的に超過リターンが得られることが期待できます。逆にバッドニュースの場合には、それをすぐ売ることで利益が上がるでしょう。投資家の注意力が鋭敏だと、株価はニュースに対して素早く反応するので、このような超過利益を得ることができないはずです。

第二に、企業が何らかのバッドニュースをリリースしなければならない場合、注意が散漫になる金曜日を選ぶことで、大きな混乱が多少とも避けられることになります。実際に、デラヴィグナらのデータを見ると、金曜日リリースの利益情報の方が、他の日に流される情報よりも悪い内容であることが多いことが分かります。政府が悪い情報をリリースしなければならないときに、人々の注意が散漫になる日を選んだり、注意を逸(そ)らすような別のニュースを仕込んだりするということが、まことしやかに語られる背景には、こうした注意散漫効果の実際があるのです。

この他にも、ニュースが多い日ほど、個別のニュースに対する株価の反応が小さくなる、ヘッジファンドマネージャーの運用成績は離婚や結婚の前後になると低下する、など、注意散漫効果を示すエビデンスが金融市場では数多く報告されています。システム2(熟慮)が忙しくて注意がおろそかになるような状況では、システム1(直感)によるおざなりな反応しかできなくなります。合理的な行動が求められる金融ビジネスの現場では、特にその悪影響が分かりやすい形で出るのかもしれません。

2. 無関係な初期値に引きずられる
 -アンカリングと不完全な調整

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