行動を良い方向にナッジする(後編):行動経済学の基礎知識10

行動経済学の基礎知識

更新日:2023年5月19日
著者:関西学院大学 経営戦略研究科 教授 池田 新介

前回は行動経済学が考案するナッジという介入の方法を紹介しました。今回は、いよいよ最終回です。ナッジの有効性と注意すべき点について解説します。

1. ナッジの効果

ナッジを使った政策をデザインするに当たり、まずは、その有効性について考えてみましょう。

ナッジの効果は、第一に、それがどのような方法で行われるかによって大きく違ってきます。前回説明したように、ナッジの方法には、大きく3つのタイプがあります。デフォルトなどの選択フレームを工夫することで行動を誘導する枠組みナッジ、意思決定に必要な情報を提供したり、周りの人々の行動や規範になる行動をほのめかしたりする情報ナッジ、そしてプレコミットメント手段を提供するなどして自制を助ける補助ナッジです(図1再掲)。後で見るように、ナッジの効果はこれらの方法によって違ってきます。

図1:ナッジの3つのタイプ
図1:ナッジの3つのタイプ

第二に、ナッジの効果は、介入したい選択が、例えば飲食に関わる選択なのか、投資など金融に関する選択なのかなど、どのような領域(ドメイン)に関わっているかによっても大きく左右されることが知られています。図2は、スイス・ジュネーブ大学のメルテンスらが、これまでナッジに関して学術誌に発表された214ものフィールド研究を総合的に検証し、ナッジの効果の大きさ(縦軸)が、方法やドメインによってどのように異なるかを調べたものです。

図2:ナッジの有効性は方法と領域(ドメイン)で違う(Mertens他、Proceedings of National Academy of Sciences 119、2022年、の結果に基づいて筆者作成)
図2:ナッジの有効性は方法と領域(ドメイン)で違う(Mertens他、Proceedings of National Academy of Sciences 119、2022年、の結果に基づいて筆者作成)

ここでは、ナッジの方法を、先に説明した枠組みナッジ、情報ナッジ、補助ナッジの3つにグループ分けし、ナッジの対象となる意思決定のドメインとして、食料、向社会行動、環境、健康、金融の5つに分類しています。

ここで向社会行動というのは、社会貢献や慈善活動のように、周囲や社会のために行う行動のことです。また、金融とは、投資や負債・貯蓄などのファイナンシャルな意思決定領域です。図は、ナッジが全体で平均0.45という大きさの効果をもたらしたことを示しています。数値の専門的な意味はここでは割愛するものの、その大きさは中程度と判断されます。コストがかからないナッジの特徴を考慮すれば、まずまずコストパフォーマンスの高い政策手段だといえるでしょう。

この図は、2つの重要な事実を示しています。まずナッジの方法として、枠組みナッジは、どのドメインにおいても最も効果的であることを示しています。さらに、意思決定のドメインで比べれば、ナッジは食料の選択に対して最も効果的であり、逆に金融に関する意思決定には小さな効果しかありません。

では、どうしてこのような差が生じるのでしょうか。その理由は、そもそものナッジの発想を理解することで読み解けます。本連載の初回で取り上げたように、私たちの認知処理は、システム1(直感・情動)と、システム2(熟慮・理性)の2つの処理システムによって行われています。そして、システム2の監視をくぐり抜けて、システム1が早とちりしてしまうのが誤った判断や行動の原因でした。

ナッジというのは、まさに真犯人であるシステム1を逆用したり(枠組みナッジ)、その弱点をカバーしたりする(情報ナッジ、補助ナッジ)ことによって、良い方向に人々を誘導しようとするものなのです。

図2で、枠組みナッジが他の2つの方法よりも効果的なのは、デフォルト変更など枠組みナッジの多くが、人々のシステム1に直接働きかけるのに対して、情報ナッジや補助ナッジはシステム2による熟慮処理を頼みにしているからです。そもそも、システム1の働きが強いために行動が望ましくない方向にゆがんでいる人々に対しては、システム1に働きかける枠組みナッジが最も有効なのです。

選択のドメインで比べたときに、食料選択に対してナッジが最も有効なのは、食べる行動の多くが生理的欲求に直結しているために、システム1の影響を受けやすいためだと考えられます。これに対して、例えば、将来の見通しを考えなければならないファイナンシャルな意思決定では、システム2による処理が行われます。そのため、システム1を経由したナッジという小手先の介入は影響を持ちにくいことが分かります(参考:池田 新介、経済教室 ナッジで望ましい方向誘導、日本経済新聞、2022年2月21日)。

2. 行動経済学を悪用する「黒いナッジ」-スラッジ

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