宇宙物理学とは:宇宙物理学の基礎知識1

宇宙物理学の基礎知識

更新日:2022年5月10日(初回投稿)
著者:京都産業大学 理学部 宇宙物理・気象学科 教授 二間瀬 敏史

本連載では8回にわたって宇宙物理学の基礎知識を解説します。筆者は、宇宙物理学と天文学に違いはなく、同じものと考えます。大学の授業では、相対性理論と宇宙論の他、フーリエ変換や複素解析など数学関係も教えています。これは、前職(東北大学理学部天文学科)でも同じでした。宇宙物理学科、あるいは天文学科のカリキュラムは、2年生まではいくつかの初等的な天文関係の授業はあるものの、基本的には物理学科とほぼ同じです。このように、宇宙物理学といっても特別な物理学ではなく、皆さんの知っている物理学を宇宙に応用した学問であるといえます。

1. 宇宙の構造

宇宙物理学の応用対象である宇宙は、特別な存在です。第一に、宇宙は、地上とは全く違った条件が実現されている世界です。例えば、人間が実現できる超高真空と呼ばれる真空空間は、1cm3当たり約1万(104)個の粒子を含んでいます。普通の空気は1cm3当たり約1,000京(1016)個の粒子を含んでいるので、これがどれだけスカスカなのかが分かるでしょう。

恒星と恒星の間の空間に漂う星間ガスの典型的な数密度は、1cm3当たり水素原子が数個程度しかありません。そのような星間ガスの高密度領域から、恒星が誕生します(図1)。しかし、その高密度領域には、1cm3当たり約1,000個の粒子が存在しているにすぎません。なお、宇宙全体の平均数密度は、1cm3当たり約10万分の1です。

図1:星間ガスの例、オリオン大星雲

図1:星間ガスの例、オリオン大星雲

一方、宇宙には、地上の物質では実現できない高密度状態が存在します。物質は原子からできています。また、原子の中心には陽子と中性子から成る原子核があり、その数密度は、1cm3当たり約1029個です。これが、私たちが地上で知っている最高密度です。しかし宇宙には、中性子星というほぼ中性子だけからできた星があります。この星の質量は太陽と同程度です。ただし、その大きさは、半径約10kmにすぎません。また、中性星の中心密度は、原子核の10倍から100倍にもなります。

中性子星よりもさらに重く、小さな天体があります。ブラックホールです。ブラックホールの中心には、特異点と呼ばれる領域があり、その密度は現在の物理学では無限大と考えるしかありません。このように、地上では実現不可能な極限状態を扱うのが、宇宙物理学の特徴の一つであるといえます。

2. 宇宙物理学に必要とされる分野

宇宙物理学の特徴をもう一つ挙げると、宇宙物理学が対象とする多くの天体を研究するには、物理学のほぼ全ての分野が必要なことがあるということです。例えば、恒星の中心部の核反応は原子核物理学。核反応によって放出されるニュートリノは素粒子物理学。内部構造や中心の核反応で発生したエネルギーの輸送は統計力学、熱力学、流体力学。黒点や太陽コロナ、太陽風などの表面現象や大気は電磁気学、プラズマ物理学といったように、一つの天体の理解には、あらゆる分野の物理学が必要です。物理学だけでは足りません。恒星周辺部の分子ガスの研究には、化学的なアプローチも必須です。

3. 宇宙物理学の特徴

宇宙物理学の特徴は、通常の物理学と違って実験ができず、厳密な意味での再現性がないということです。科学の科学たるゆえんは、予測の可能性と検証の再現性です。すなわち、まだ発見されていない現象を予測し、同じ条件の下で誰が実験を行っても同じ結果が得られるということです。

宇宙物理学は、そういう意味での再現性がありません。例えば、重力レンズという現象があります(図2)。重力が光の進路を曲げることで、天体がレンズの役割をして遠方の天体の明るさを変えたり、複数像を作ったりする現象です。この現象は20世紀初めに予測され、1979年に実際に観測されました。

図2:重力レンズイメージ

図2:重力レンズイメージ

・クエーサー

クエーサーと呼ばれる天体があります。銀河の中心には、太陽質量の数百万倍から数十億倍の質量を持つ、超大質量のブラックホールが存在しており、私たちの銀河系にも、太陽質量の約400万倍のブラックホールが存在しています。そのブラックホールに大量の物質(例えば1年当たり太陽程度の星10個)が落下すると、太陽系よりも小さなブラックホールの周りの小さな領域から、銀河系全体が放出しているエネルギーの約100倍の莫大なエネルギーが放出されます。この天体はクエーサーと呼ばれ、その明るさのために宇宙の果てにあっても観測することができます。

1979年に、Q0957+561A、Q0957+561Bという2つのクエーサーが、角度にして約6秒離れた位置に発見されました。満月の直径が30分角、すなわち1,800秒角なので、6秒角というのはその300分の1です。一方、これら2つのクエーサーまでの距離はどちらも同じ約90億光年なので、この2つは実際には約20万光年離れていることになります。

銀河系の直径は、約10万光年です。この2つのクエーサーが出しているエネルギーから、これら2つのクエーサーのエネルギー源は、太陽質量の約30億倍のブラックホールと思われます。たった20万光年しか離れていないところに、そんなブラックホールを中心にもつ銀河が存在していることになります。非常に奇妙なことなので、さらにそれらのクエーサーのスペクトルを調べてみると、ほとんど同じであることが分かりました。スペクトルとは波長ごとの光の強度で、天体の指紋のようなものです。指紋が一致すれば同一人物であるように、スペクトルが一致すればそれらは同一天体です。従ってQ0957+561は同じ天体が2つあるのではなく、1つのクエーサーが重力レンズによって2つに見えていたのです(図3)。

図3:重力レンズにより1つのクエーサーが2つに見える例(イメージ)

図3:重力レンズにより1つのクエーサーが2つに見える例(イメージ)

レンズの役割をしている銀河は、しばらくして37億年かなたに発見されました。といっても、本当に重力レンズなのかどうかは、レンズの役割をしている銀河をどけてみなければ分かりません。もちろんそんなことは不可能です。しかし、これは決して極端な例ではありません。相手が天体なので、実験はそもそも不可能です。実験室で同じ状況を作ろうと思っても、先に述べたように人間の技術では不可能な条件が多いため、それはやはり不可能なのです。

それでは科学とはいえないのでは、と思うかもしれません。しかし、そうではありません。その理由は、物理理論に基づいて解釈できること、そして、コンピュータで数値実験ができることです。重力レンズの解釈は、一般相対性理論に基づいています。現在までには、一般相対性理論の正統性を疑う実験も観測もありません。そして同じような重力現象が多数観測されていて、それらが全て同じように理論的、合理的に説明できています。

さらに、その現象を用いて新しい発見ができた場合、確信をもって天体現象が分かったといえるでしょう。重力レンズについては、似たような現象が100以上も観測されていて、どれも一般相対性理論で説明ができます(図4)。また、重力レンズを自然の望遠鏡として使うことで、生まれたての銀河を発見することができます。100億光年以上かなたの生まれたての銀河は、小さく暗いので、人間が作るどんな望遠鏡を使っても、直接観測することはできません。しかし、銀河団という銀河の集団が持っている莫大な質量を、自然の望遠鏡として利用することで、銀河団方向のかなたにある原始銀河が発見されました。

図4:重力レンズの例(アインシュタインクロス)

図4:重力レンズの例(アインシュタインクロス)(出典:NASA)

ただし、実験室での検証のように、非常に精密な精度で理論を検証することはできません。もちろん、宇宙論などのように、1桁パーセントレベルでの検証が可能な分野もあります。しかし、天体の多様性が原因となり、精度はせいぜい10%程度のものや、銀河中心のブラックホールの質量のように、大まかな評価しかできない場合があります。

いかがでしたか? 今回は、宇宙物理学の特徴と、通常の物理学との違いを紹介しました。大学初年の学生に入門的な天文学の授業をすると、「これは、物理じゃない」という声を聞くことがあります。しかし、天文学=宇宙物理学、すなわち天文学は物理学を宇宙に応用した学問です。なので、安心して物理学を学んでください。次回は、星に焦点を当て、恒星のエネルギー源、太陽内部の核融合の確認とニュートリノ振動を解説します。お楽しみに!