前回は、セルラ・オートマトンなど、複雑系のシミュレーションを紹介しました。今回は最終回です。合成生物学や、人工生命と人工知能の接点について解説します。人工生命の最先端研究である合成生物学は、アメリカの化学者であるEric T. Koolらの呼びかけにより、2000年春の国際会議に始まったとされています。合成生物学の多様なアプリケーションは、私たちの日常生活と社会のさまざまな面に、急進的な変革をもたらしつつあります。つまり、医療、エネルギー生産、バイオ・レメディエーションの分野で多大の利益をもたらすと同時に、生物の謎を解き明かすと期待されています。
1. 合成生物学の挑戦
合成生物学は、人工的な(自然にはない)機能を有する新しい生体系を設計することを目指しています。合成生物学の究極の目標は、以下のとおりです。
- 創ることで生命現象を理解する
- 人間の役に立つ生物を創る
従来の生物学は、トップダウンな解析的アプローチであったのに対し、合成生物学はボトムアップに生物を構成していきます(図1)。つまり、合成生物学は合成的手法を用いて新たな生物を人工的に作ることを目的とし、ある意味で工学に近い学問といえます。


2. 創って理解する生命
合成生物学における生命系の設計には、2つの大きなアプローチがあります。1つは、新しい分子を作り、その後の振る舞いや機能を変えるために、自然のシステムに埋めこむという方法です。もう1つのアプローチは、効果的な再設計を通して、自然の生物を再生させるか、自然にある部品をシャッフルし、入れ替えることで、人工的なシステムを構成する方法です。
生物の形式を青写真に撮るという工学原理の適用において、合成生物学は他の生物学(例えば遺伝子工学やシステム生物学)とは大きく異なります。合成生物学者は、工学の技法を適用して、テストや評価可能な交換部品を使い、より大きな生命システムを構成します。生命システムの構築には、それ自身で独自の設計上の問題があり、確立した工学的な技術から多大な利益を得ることができます。工学的な手法や基準(標準化、抽象化、モジュラー性、予測可能性、信頼性、一様性など)を注意深く適用することで、合成生物学では、設計の量や質、およびスピードを大きく向上させることができるでしょう。
合成生物学によりDNAを操る方法が改善されると、次のような未来の実現が約束されると期待されます。
- 致命的疾患に対する新薬が得られる
- 既存の薬がより安全で安く供給される
- 汚染除去のために新たなバイオ・レメディエーション(Bioremediation:微生物を用いた危険廃棄物中の毒性化学薬品の分解法)が開発される
- 食物成分と生物燃料のような既存材料や、新しい化学製品の生物学的生産のための新たな技術を設計する
さらに、この分野の代表的な研究者J. コリンズは、コウモリのように暗がりで操縦できるソナー人間を工学的に実現することが可能になるとも述べています。例えば、図3は、Liuらによる人工的な遺伝子ネットワーク回路の一例です。この回路は、がん細胞の中でのみ働いて、細胞増殖を抑えるタンパク質を出力し、がん細胞の増殖を抑制する機能を持ちます。

このように、既存の遺伝子を組み合わせた遺伝子ネットワークによって生体システムを作ることは、生物学のみならず医学にも貢献しうる研究テーマとなっています。
過去20年間で、人工生命システムを工学的に設計する技術については、大きな進展がありました。合成生物学では、単純な遺伝子回路から、複雑な治療目的の遺伝子ネットワークを構築する技術を拡張して用います。その実現の際に、データベースの維持や、モデルのシミュレーション、および設計の最適化など、人工知能の技法は欠くことのできない構成要素として駆使されています。しかしながら、遺伝子の回路が大きく、複雑になると、これらのプロセスは扱いにくくなり、計算効率が悪くなることも指摘されています。
3. 人工生命と人工知能の接点
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