進化と創造性:人工生命の基礎知識2

人工生命の基礎知識

更新日:2022年11月10日(初回投稿)
著者:東京大学 情報理工学系研究科 電子情報学専攻 教授 伊庭 斉志

前回は、ミクロの相互作用から生じるマクロ現象である創発と、Alife、Blifeを紹介しました。今回は、進化論的手法と創造性を取り上げます。進化論的手法は、生物の進化のメカニズムをまねてデータ構造を変形、合成、選択する工学的手法です。この方法により、最適化問題の解法や、有益な構造の生成を目指します。この手法は、デザイナーの創造性を高めることを目的として、芸術やデザインへも応用されています。

1. 進化論的手法とは

進化するために必要な条件は何かを考えてみましょう。しばしば、一匹の怪獣が次第に強暴に「進化」する映画や、大リーグで「進化」したとされる日本人選手のニュースがあります。しかし、それは進化の間違った用法です。正確には、環境に適応したというべきでしょう。進化は、一匹(一人)ではできません。進化するには集団が必要です。そして、その集団は以下の特性を持っていなくてはなりません。

  • 集団の各メンバーは子孫を作ることができる(自己増殖)
  • その子供は、親の特徴を受け継ぎ、一部を変化させている(変容性)
  • 環境に適応したものが生き残りやすい(適者生存)

これらの特性があれば、必ず進化するわけではありません。しかし、それを持たない集団が進化を達成することは難しいでしょう。哲学者ダニエル・デネットは、複製、変容(突然変異)、競合(異なる適合度)の3つの要素があるところでは、必然的に進化が起こり得ると指摘しています。

進化論的手法は、生物の進化のメカニズムをまねてデータ構造を変形、合成、選択する工学的手法です。この方法により、最適化問題の解法や有益な構造の生成を目指します。このような考えに基づいて、計算システム(進化型システム)を実現するのが進化計算(EC:Evolutionary Computation)の目的です。その代表例が、遺伝的アルゴリズム(GA:Genetic Algorithms)や遺伝的プログラミング(GP:Genetic Programming)です。進化論的手法の基本的なアイデアはそれほど目新しいものではなく、家畜の育種(生物を遺伝的に改良すること)方法や工学的な設計などの分野で、さまざまに利用されています。

2. 進化するプログラム

進化計算は、私たちの暮らしのさまざまな場面で活用されています。例えば、新幹線のモデルN700系の先頭車両設計では、車両の独特の形(フォルム)を作る上で大きな役割を果たしています(図1)。

図1:新幹線N700系
図1:新幹線N700系

N700系は、従来の新幹線よりも20km/h速い、時速270kmでカーブを曲がれる性能を持ちます。しかし、それまでの先頭車両の形状では、スピードアップした分、騒音の原因となるトンネル微気圧波が拡大してしまいます。N700系の先頭車両に見られる、鳥が羽を広げたようなエアロ・ダブルウィングと呼ばれる独特のフォルムは、進化計算を用いた約5,000回のシミュレーションで導き出された最適値です。

国産初のジェット機であるMRJ(三菱リージョナルジェット)の翼の設計においては、多目的進化計算と呼ばれる手法が用いられました。この手法により、ジェット旅客機の燃費効率の向上と、機外騒音の低減という2つの目標を同時に最適化し、競合機よりも性能を改善することに成功しています(図2)。

図2:MRJ(Mitsubishi Regional Jet、MRJ90STD、試作1号機JA21MJ)
図2:MRJ(Mitsubishi Regional Jet、MRJ90STD、試作1号機JA21MJ)

工業以外の分野では、金融業界において進化論的計算手法の利用が広がっています。ヨーロッパやアメリカでは、投資ファンドなどが実用的な技術として進化論的計算手法を利用し、ポートフォリオの構築や市場予測を行っています。また、看護師の勤務シフトの最適化や、航空機のクルー配置などのスケジューリング設計においても実用化されています。

進化計算を利用した進化型ロボットと呼ばれる分野では、生物の進化の秘密を探求しつつ、その工学的応用も視野に入れた研究が重ねられています。例えば、進化型ヒューマノイドロボットの協調作業(共同搬送)が開発されています(図3)。ここでは、進化計算に共進化を応用した学習モデルが用いられています。

図3:ヒューマノイドロボットによる協調作業(共同搬送)
図3:ヒューマノイドロボットによる協調作業(共同搬送)

また、地形や環境、作業内容に合わせて自己変形する、ブロックを組み合わせた形状のモジュールロボットが注目を集めています。NASA(アメリカ航空宇宙局)が、火星の極限状態の中で、探査に最適なロボットの形態を研究する目的で使用している技術もあります。

私たちが知っている生物の姿は、たまたま地球上に生き残った種だけかもしれません。地球環境に合った姿であるといえるでしょう。しかし、最適かどうかは分かりません。進化計算によって、コンピュータ上で進化の過程を再現していけば、私たちが知らない、別の形が出てくる可能性があります。

3. 創造性の創発

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