人工生命とは:人工生命の基礎知識1

人工生命の基礎知識

更新日:2022年10月20日(初回投稿)
著者:東京大学 情報理工学系研究科 電子情報学専攻 教授 伊庭 斉志

人工生命は、従来の生物学を拡張し、シミュレーションなどによる検証可能な科学としての進化生物学の構築を目指しています。その科学的目的は、既存の生命のより深い理解であり、特に生命にとって基本的な属性を理解することです。また、工学的目的は、一般的な適応能力を持った人工物の生成です。本連載では、これらの趣旨に従って、人工生命の基礎と応用について説明します。今回は、創発、およびAlife、Blifeについて紹介します。

1. 創発とは

人工生命(Artificial Life:AL)は、コンピュータで生物学の根本問題を解決することを目指しています。1987年秋にサンタフェ研究所で、人工生命に関する第1回国際会議が開催されました。人工生命の厳密な定義は困難ではあるものの、コンピュータに基づく人工生命の基本的な特徴として、次のものが挙げられるでしょう。

  • 単純なプログラムの集団からなる
  • 全体の動作を規定するような単一の中心的プログラムは存在しない
  • 1つの個体に関してのプログラムは、環境内の局所的な状況(他の個体との遭遇など)に反応する仕方を記述する
  • 全体的な行動を規定する規則(神様の視点)は存在しない
  • おのおののプログラム(マイクロレベル)よりも高度なレベル(マクロレベル)で、結果として行動が発現する特性(Emergent Property)を有する

Emergent Propertyはもともと生物学の用語で、創発と訳されます。創発とは、局所的な相互作用を持つ要素が多数集まることによって、その総和とは質的に異なる高度で複雑な秩序やシステムが生じる現象をいいます。創発の好例は、魚の群れ行動やアリの社会的生活に見られます。

・魚の群れ行動による創発

小さな魚はなぜ群れるのでしょうか? それは、大きな魚の攻撃から守るためと考えられています。しかし、個々の魚の知能レベルからは想定できないほどの協調的な集団行動を創発することが知られています。図1は、個々の魚が周囲と速度を合わせ、集団を創発的に構成し、巨大な敵から逃れる姿を示しています。それぞれが、敵に狙われないように群れの中心に向かいます。当然、群れから外れている魚ほど襲われやすくなります。

図1:ギンガメアジの集団行動(フィリピン、バリカサグ)
図1:ギンガメアジの集団行動(フィリピン、バリカサグ)

・アリの社会的生活による創発

アリの社会的生活にも創発は見られます。図2はアリ塚を示します。アリ1匹の大きさから考えると、この大きさは、想像を絶するでしょう。アリ塚は、アリのコロニー(生物集団)が一定サイズに達したときにのみ出現します。個々のアリは単純な機械的行動しかとりません。

図2:アリ塚(オーストラリア、エクスマウス)
図2:アリ塚(オーストラリア、エクスマウス)

しかしながら、アリの巣全体としては餌(えさ)や敵の分布パターンに応じ高度に知的な団体行動をとり、集団の生存率を高めています。その結果、異なる仕事をするよう特殊化した個体から成るカースト制が生じ、社会的な分業や協同現象が見られるようになります。巣全体の行動を規定する規則(プログラム)は存在しません。それにもかかわらず、単純なプログラム(個体としてのアリ)の集合的作用の結果として、知的な全体的行動が発現するのです。そのため超個体という考え方も提唱されています。超個体とは、多数の個体から形成され、まるで一つの個体であるかのように振る舞う生物の集団のことをいいます。

・マクロレベルの現象による創発

創発では、ミクロの相互作用から生じるマクロ現象という考え方が中心的となっています。これは生態学における形態形成(パターン生成)や、動物集団による群れ形成など、さまざまな分野で観測されます。経済や金融の活動でも創発現象は見られます。例えば、金融市場ではそれぞれの個体(市場参加者、投資家)は、周囲の情報を基に自らの利潤を追求し、他の個体と相互作用(投機行為など)を行います。その結果、金融市場全体を見たときには、模様眺め(相場の展開が見通せないため、売買を行わず様子を見ること。相場の基調がさほど変わらないときにいう)の値動きや神経質な動向(相場が不安定になり、わずかな要因でも過敏に反応する状態のこと)といった現象が観測されます。一方、それぞれの市場参加者は、必ずしも模様眺めをしたり、神経質に振る舞ったりするわけではありません。このように、ミクロレベルの相互作用には記述されていないマクロレベルの現象が生じることが創発です。

2. AlifeとBlife

人工生命(Alife)は、従来の生物学(Blife:Biological life)を拡張し、シミュレーションなどによる検証可能な科学としての進化生物学の構築を目指しています。AlifeとBlifeの違いは、以下の言葉に要約されています。

  • Alife:ありうる(ありえた?)かもしれない生命(Life as it could be)
  • Blife:われわれの知っている生命(Life as we know it)

このことは、進化とAlifeの関係を考えるとはっきりします。私たちは、今、目の前にある(あるいは化石としてあった)生物しか観察できません。Blifeでは、それらを基に生物のありようを研究します。一方、私たちは偶然により現存の生物が進化したことを知っています。約6,500万年前(白亜紀)にユカタン半島の辺りに隕(いん)石が衝突し、その結果引き起こされた気候変動によって恐竜が絶滅したとされています。その当時、哺乳類の先祖はネズミのような弱い小動物だったそうです。もしもこの偶然がなければ、人類は存在しなかったかもしれません。このような「もし」という考えは、従来の生物学の研究では受け入れませんでした。これに対して、あらゆる可能性を考え、より普遍的な生物の原理・進化の法則を追及するのがAlifeです。

私たちが想像すらできないような生命について考え、研究することは、果たして可能なのでしょうか? そもそも、どのようなものが生命なのでしょうか? 例えば、人間を含めて多くの生物の目は2つです。では、既存の仲間から想定できないような目玉の生物を考えることに意義があるといえるのでしょうか?

このような疑問を持った読者には、スティーブン・グールドの著作「ワンダフルライフ」をお薦めします。この本には、有史以前の約5億2,500万から約5億500万年前(古生代カンブリア紀前期終盤)に生息していた奇妙な動物が数多く記述されています。これらの動物は、カナディアン・ロッキーにあるバージェス頁岩(けつがん)で発見された化石に基づいています。ここでは、ゾウの鼻のような器官と5つの目を持つオパビニアや、エビに似た大型捕食動物であるアノマロカリスなど、興味深い生物の化石が多数発掘されています(図3)。

図3:ワンダフルライフの山(カナダ、バージェス頁岩)
図3:ワンダフルライフの山(カナダ、バージェス頁岩)

1909年、この化石群を最初に発見したのは、アメリカの古生物学者チャールズ・ウォルコットです。当初は、現在の動物の祖先として、節足動物の初期の進化形態と考えられました。しかし、その後の研究により、これらの動物には現在の分類群は当てはまらず、異質の生物を示すことがグールドらにより主張されました。このような形態が現在の動物に見られないのは、環境の変化に対応しきれず絶滅したという説です。これは、進化の実験場と呼ばれています。

この主張に関してはさまざまな議論が展開され、反論もあります。しかしながら、既存の生物からは想像もできない生物が実際に存在し、それを基に議論することは、古生物学の分野では既に当然のようになされています。同じような理論を一般的な生物で構築するのが、人工生命の究極目的であるといえます。

いかがでしたか? 今回は、ミクロの相互作用から生じるマクロ現象である創発と、Alife、Blifeを紹介しました。次回は、進化と創造性について取り上げます。お楽しみに!